実施レポート
第19回 一橋総研・三田経済研ジョイントセミナー [2022年12月6日オンライン開催]
『これから日本は中国とどう付き合っていけばいいのか?』
講師:川島 真氏 東京大学大学院総合文化研究科教授
『これから日本は中国とどう付き合っていけばいいのか?』
講師:川島 真氏 東京大学大学院総合文化研究科教授
川島 真氏
東京大学大学院総合文化研究科教授 東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。この間、台湾の中央研究院、北京日本学研究センターなどで在外研究。2015年4月より現職。現在,中曽根康弘世界平和研究所研究本部長,日本国際フォーラム上席研究員,日本学術会議連携会員などを兼任。中国・台湾の政治外交史,東アジア国際関係史を専門とする。主な著書に、『中国近代外交の形成』(サントリー学芸賞受賞)、『21世紀の「中華」-習近平中国と東アジア』、『中国のフロンティアー揺れ動く境界から考える』など。 |
習近平は焦っているー建国100年目標には黄色信号
中国のタイムテーブルは2049年の建国100年に凝縮されている。この年までに「社会主義現代化強国」と「中華民族の偉大なる復興の夢」を実現する。要はアメリカを追い抜いて世界第1位になることだ。GDP規模では2030年前後にアメリカを抜く可能性は高い。但し、1人当たりGDPではアメリカにはるかに及ばず、軍事力やイノベーション力でも後塵を拝している。GDP自体も今後の人口減少により再びアメリカに追い越される可能性もある。 習近平は後10年、国家主席をやるつもりだが、建国100年目標を実現できるかどうかには黄色信号が点灯しており、内心焦っている。2つの問題がアキレス腱となっている。1つは「共同富裕」(格差是正)だ。「先富論」(豊かになれるものから先に豊になる)のもと、アメリカに次ぐGDP大国にのし上がったが、貧富格差が拡大し上位1%の富裕層が全資産の3割を所有するという非社会主義化が進行した。又、「幸福な監視社会」の名のもとに、国家が国民に対して生活の豊かさ、便利さと引き換えに監視社会を押し付け、その維持に政府は戦々恐々、緊張状態が続いている。要は「中華民族の偉大なる復興の夢」とは誰の夢なのか。共産党員9500万人の夢なのか?中国人14億人、華僑を入れれば20億人の夢なのか?習近平体制への究極的な問いが横たわっている。 台湾人より日本人が台湾有事を心配している 2049年に「中華民族の偉大なる復興の夢」が実現するとなれば、中華民族の一員である台湾人はその時点までに中国国民となり、台湾は中国により統一されていなければならない。但し、習近平の基本戦略は「戦わずして勝つ」であり、①軍事的圧倒優位の誇示 ②サイバー攻撃やディスインフォメーション(フェークニュス)による内部浸透 ③経済制裁等を続ける。但し、現在、台湾人の90%以上は中国を向いてないため、北京は段階的に軍事的圧力を高めざるを得ず、将来的な武力侵攻も否定できない。にもかかわらず、「台湾は明日のウクライナか?」という問いかけに日本人やアメリカ人より台湾人は楽観的である。2049年に至るこれからの大陸と台湾、両中国人同士の駆け引きは部外者にとっては読み切れない面が多い。 毛沢東よりも独裁的な習近平―地方と民間企業への浸透が課題 習近平は国家運営において政府国務院に対する共産党優位を強力に推し進め、かつての毛沢東以上に独裁的権力を掌握するに至った。毛沢東は中央における鄧小平や劉少奇等のライバルの存在もあり、元々分権的発想があったことから青年組織や地方勢力を使って国を動かした。これに対して習近平は「政法委員会」を中心とする党官僚組織の人事を固め、「国家の安全」を最重視する国土・生態環境・文化・外交等、様々な分野のネットワークを形成し、それを自分の手元でコントロールしようとしている。 只、習近平体制の矛盾は中央権力の強さに対して地方に中央の指示・命令がスムースに入っていかない点にあり、今後、地方組織や共産党青年団のような青年組織へのテコ入れを強化することになる。その象徴的動きが香港で、西側による権威主義体制攻撃のターゲットとなった香港が民主化されれば中国一党体制が危ういとし、香港国家安全維持法を制定し、1997年香港返還時に約束された変換後50年間の一国二制度は完全に骨抜きにされた。 一方、経済発展しても民主化させない社会体制づくりを国・党・軍に近い国有企業系に富の分配を傾斜させることで進展させたが、民間企業の生産性やイノベーション力が優位になるにつれて経済発展に伴う政府批判の封じ込めが難しくなって来ている。 世界200か国の内、180か国以上が中国を1~3位の貿易相手国に 中国は米国が主導する西側先進国ベースの国際秩序に入ることを明確に拒絶する。従って、米国は中国に優遇的インセンティブを与えながら既存秩序に組み込んでいく従来の「エンゲージメント戦略」を放棄した。しかし一方で世界180か国以上が中国を第1位から第3位までの貿易相手国としている現実を踏まえ、中国は国際連合を始めとするIMF・世銀・WTO等の国際組織のメンバーとして、相互互恵の経済パートナーシップを主軸とする「新型国際関係」の推進を重視する。とりわけ「一帯一路構想」を舞台に新興国及び開発途上国との連携強化に注力する。 GDPで3.5倍の中国とどうつき合うか?―対中親和度の世代間ギャップが鍵 国交50周年、GDPで日本の3.5倍と巨大化した中国。貿易依存度では日本の対中依存度が2割強に対して、中国の対日依存度はせいぜい5%。この非対称データを見せられて日中は相互依存にあると言えるのか?通常兵器力でどんどん突き放され、核武装の選択をしない日本にとって 中国とどうつき合えばいいのか?答えは明快。隣国とは未来永劫的な非戦の道を取るしかない。その意味で2023年に45周年を迎える日中平和友好条約の意味と目的を改めて嚙みしめるべきだ。 前向きにとらえるべき兆候がある。『言論NPO』調査では日本国民の8割が中国に対して親しみを持たないが、日中関係の重要性は6割以上が認めている。一方、1年前の『外交に関する世論調査』では日本人男性で中国に親しみを感じる割合は60~70代ではわずか12%。これに対して18~29歳の若者の43%が中国に対して好意的だ。この世代間ギャップが未来の日中関係を暗示しているのかもしれない。 (文責:一橋総研 市川 周) |