実施レポート
第18回 一橋総研・三田経済研ジョイントセミナー [2022年5月31日オンライン開催]
『ロシア・ウクライナ侵攻の世界史的意味を問う』
講師:細谷雄一氏 慶応義塾大学法学部教授
ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員
『ロシア・ウクライナ侵攻の世界史的意味を問う』
講師:細谷雄一氏 慶応義塾大学法学部教授
ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員
細谷 雄一氏
慶応義塾大学法学部教授 ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員 慶應義塾大学法学部教授。英国バーミンガム大学院修士号取得。慶應義塾大学大学院課程修了。博士(法学)。国家安全保障局顧問会議顧問(2014年-16年)などを歴任。現在、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジで在外研究に取り組む。主な著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(サントリー学芸賞)、『倫理的な戦争』(読売・吉野作造賞)、『外交』、『国際秩序』、『安保論争』等。 |
国家と首都を消滅させてしまうロシア
2月24日ロシア軍による突然のキエフ(キーウ)に対する砲撃・空爆が開始された時、ウクライナ国民は1944年、隣国ポーランドで起きたワルシャワ蜂起の悲劇再来を直感した。当時、ドイツナチ軍の占領下にあったポーランドでは反ナチ闘争を続ける20万人の市民がポーランド国境に迫るソ連軍の加勢救援を信じて武装蜂起したが、ソ連軍は約束を反故、20万市民はことごとくナチ軍の犠牲になり、その後、ワルシャワはナチを排除したソ連軍により完全に廃墟と化す。ポーランド自体も共産ソ連の傀儡国家となる。 明らかにプーチンは今回ウクライナの首都で、かつてワルシャワで成功したのと同様の筋書きを描こうとしたが、ウクライナ国民の頑強な抵抗と西側各国の国際支援でロシアのキエフ侵略を実現させなかった。日本国内の一部の論調はロシアの圧倒的な軍事攻勢に対して死人を増やすだけの「無駄な抵抗」を諫めていたが、これは国家・首都の存亡危機を経験したことのない日本人の鈍感の極みとしか言いようがない。 プーチンが勝利すれば平和国家日本の歩みは台無しに 20世紀の国際政治秩序は「戦争の違法化」の道のりであった。1920年の国際連盟規約、1928年のパリ不戦条約、そして1945年の国連憲章は国際法上、「個別的集団的自衛権」「集団安全保障措置」以外は「武力の行使」を禁止するもので、今回のロシア・ウクライナ侵攻は完全な国際法違反。プーチンは「大国は自由に戦争が出来る」「中小国には生存権がない」という将に弱肉強食、「ルール・オブ・ジャングル」型の19世紀国際秩序観の中で生きている。一方、日本の戦後平和国家の歩みは、「ルール・オブ・ロー」を信奉し、国際法秩序の公正・正義に自国の運命を委ねて来た。ロシアのウクライナ戦争惹起は世界史を逆回転させることになり、日本の国際社会における存亡危機にもつながる以上、断固としたウクライナ支援が求められる。 戦争は長期化し世界は米中2極体制へ―迫られる日本の選択 ウクライナは士気もナショナリズムも高まっており、ロシアが侵略した東部2州をあきらめて停戦することを国民は許さない。ロシアも第2次世界大戦以来最大の人的・軍事的・経済的犠牲を強いられた戦争で何も得られずに撤退することはあり得ない。その場合はプーチン体制が崩壊する。かつてのチェチェンのように10年を超えて戦闘が断続的に行われる可能性がある。 対ロ経済制裁継続は世界経済に様々な混乱や構造変動を招来する。とりわけロシア経済の凋落が顕著で、既にロシアは中国に軍事力支出で5分の1、GDP規模で10分の1まで後退しており、対中依存を深めざるを得ない状況にあり、今後世界は米中2極によって支配されることになる。この過程で日本は米国への協調、加勢を一層強めていくのか、あるいは米国の対中攻勢の抑制、ブレーキ役になって米中バランスの中に活路を見出すのか、その選択が厳しく問われることになる。 中国の武力侵攻に意外と楽観的な台湾と一枚岩でない北京 日本人が心配しているほど台湾は中国による武力侵攻を恐れていない。台湾の世論調査では中国の武力侵攻に対する不安が、ウクライナ侵攻の前の6割から4割まで下がっている。ロシアがウクライナ占領にてこずっていること、国際世論のロシア批判が高まっていることが、台湾にとって「安心材料」になっている 一方、北京内部も一枚岩ではない。李克強首相も温家宝前首相も中国経済にダメージを与えるような習近平国家主席の過度なプーチン支援には内心、批判的だ。この路線闘争は秋の党大会首脳人事でかたがつくことになる。 苛烈なグローバル競争下にある兵器ビジネスはウクライナで潤っていない 軍需産業のビジネス利権競争がウクライナ戦争に拍車をかけているわけではない。現在、兵器ビジネスは熾烈なグローバル競争にさらされ、低価格、低収益下で「儲かるビジネス」になっておらず、 日本の商社や重工メーカーも撤退傾向にある。一方、米国の最先端兵器は高価格ビジネス分野を占めているが、売却相手が緊密な同盟国軍に限られており、かつての産軍複合体型巨大ビジネスにはなっていない。ウクライナ戦争が国際軍事ビジネス拡大と連動しているという批判は必ずしも的を得ていない。 ロシア国民の本音―徴兵制が導入されれば一気に厭戦ムードへ 一般のロシア国民はウクライナ戦争を本音ではどう見ているか?現在、ロシア軍の人的供給力は国外の傭兵調達を入れてもほぼ限界に来ており、志願兵の年齢上限を50歳にする話が出ているが、このまま戦争を続けるとなると徴兵制、国民皆兵制が浮上せざるを得ない。「ウクライナを侵略するために自分たちが戦地に赴かざるを得ない」という現実に直面した場合、ロシア国民のプーチン 支持の世論が後退し、国内に厭戦ムードが立ち込める可能性が大きい。既に志願兵受付の各地のリクルートセンターで放火事件が頻発している。 |
以上
(文責:一橋総研 市川周)
(文責:一橋総研 市川周)