実施レポート
第17回 一橋総研・三田経済研ジョイントセミナー [2021年9月22日オンライン開催]
『「オリンピック後」そして「コロナ後」の日本の政治を問う』
講師:中島岳志氏 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授
『「オリンピック後」そして「コロナ後」の日本の政治を問う』
講師:中島岳志氏 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授
中島 岳志氏
東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院教授 1975年大阪生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専門は南アジア地域研究、近代日本政治思想。主な著書に『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』(大佛次郎論壇賞)『保守と立憲』『自民党 価値とリスクのマトリクス』『100分de名著:オルテガ「大衆の反逆」』『こんな政権なら乗れる』等 |
自民党総裁選が戦後政治終焉の導火線に
「コロナ前」には戻れない 「コロナ後」の議論にはコロナはもう沢山だ。「コロナ前」の元の世界に戻りたいという意識が働くが、これはあり得ない。今、我々が呻吟しているのは「コロナ前」の時代に大きな問題があったからであり、そこへ安易に戻ってどうするのか。コロナ禍で突きつけられた課題にどう取り組んでいくのか?「コロナ後」には将にそのことが問われている。 日本の政治―4つのゾーニング この真っ只中で行われている自民党総裁選。4人の候補は「コロナ後」に向けて如何なる可能性と限界を持っているのか?彼らのポジショニングを下図の如き縦軸と横軸の2次元図の中で位置づけ交差させると、下図の如きⅠからⅣまで4つのゾーニングが示され政権・政党そして政治家の特徴が4つのタイプに分類されることになる。 縦軸は国民が遭遇するリスクに対して政府はどう対処するかという視点から見たもので「リスクの個人化」と「リスクの社会化」という考えに分かれる。「リスクの個人化」とは自己責任論という考え方で政府は税金も余り取らないかわりに行政サービスも余りしないから個々人でやってくれというもの。この反対が「リスクの社会化」で国民のリスクに対して社会全体でセーフティーネットを強化しよとするもの。税金は高くなるが行政サービスも分厚くする。
一方、横軸は政府が関与する価値観の問題。例えば選択的夫婦別姓の是非、性的マイノリティー(LGBT)問題、「先の戦争」に関する歴史認識の問題さらに日本国憲法改正の是非等、様々な分野が挙げられるが、これらの問題に対する政府の姿勢について「リベラル」と「パターナル」の2極が形成される。「リベラル」とは自分と異なる価値観に寛容になり相手の価値観を認める。この反対が「パターナル」で強い力を持つ組織や人間が個人の価値観の問題に介入する。「リベラル」なら選択的夫婦別姓は個人の自由となるが、「パターナル」では日本人なら男女同姓であるべきとなり、、性的マイノリティー(LGBT)問題では「リベラル」は婚姻の自由を認めるが、「パターナル」では男女以外の婚姻を認めない。 コロナに打たれた「小さな政府」日本 このゾーニングを使って9年間に及ぶ安倍・菅政権を位置づけると、ズバリⅣゾーンとなる。価値観の軸では選択的夫婦別姓問題や性的マイノリティー問題にはなんの進展もなく、先の戦争に関する歴史認識においても旧態依然的な「パターナル」な姿勢を崩さなかった。リスク軸では「リスクの個人化」を国民に求め続けた。これはOECD諸国との比較で歴然だ。日本国民の租税負担率は最低水準にあり、日本のGDP全体に占める国家歳出比率も最低水準。つまり税金を沢山集めない代わりに日本経済の拡大、活性化のために税金を投入することに極めて抑制的であった。 これは公務員の数にもはっきり示されており、国民1000人当りの公務員数では北欧諸国が100名台、フランス90名台、イギリス・アメリカが70名台に対して日本はなんと38名に過ぎない。日本は財政的に「小さな政府」どころか「小さすぎる政府」だ。こういう国家や自治体は一見効率的に見えるが、メガ自然災害や今回のコロナ禍のような危機に遭遇すると極めてもろく、迅速な対応が出来ない上に復旧回復にも相当な時間がかかってしまう。 総裁候補たちのゾーニング それでは4人の自民党総裁候補はどのゾーンに位置づけられるか。彼らのここ20年間にわたる発言・記事・論文等を根こそぎサーチしてみた。 先ず、高市早苗氏。彼女は安倍・菅政権が代表する現在の自民党主流派の性格であるゾーンⅣに最も近い。基本的にパターナルな性格の持ち主で選択的夫婦別称には明確に反対、生活保護受給者等社会的弱者にも冷淡な発言をしてきた「リスクの個人化」標榜者である。 では河野太郞氏はどうか。彼は明確にゾーンⅢに入る。選択的夫婦別称には賛成。女性天皇を認め、靖国参拝には慎重で価値観軸は「リベラル」。一方、「リスク」に対しては「小さな政府こそが素晴らしい」と明言し、弱者は国家が最低限救済しなければならないが、競争的敗者は自己責任であるとする。持論の脱原発論も有力電力会社の国家依存批判がベースにある徹底した規制緩和論者。従ってゾーンⅢに入る。 岸田文雄氏は発言内容が曖昧調でポジション分類が難しい面もあるが、基本的には「リベラル」と「リスクの社会化」の組み合わせであるゾーンⅡに入る。そもそもこのゾーンは岸田派の母体である、かつて自民党保守本流を担ってきた名門派閥宏池会のルーツと重なる。しかし、現在は安倍・菅政権に象徴されるゾーンⅣに押され気味で岸田氏には今回の総裁選でゾーンⅣへの妥協すり寄りの傾向も見られる。野田氏は選択的夫婦別称主義者であり、女性政治家としての苦労や障害者の家族を持つこともあり、「リスクの社会化」に対する主張は強く、筋金入りのゾーンⅡ派と言える。 野党は革新ではなくリベラルを強調せよ それでは野党、とりわけ立憲民主党はどのゾーンにフラッグを立てるべきか?野党がコロナ後の政権交代を真剣に意識するならば、自民党政権が先進国の中であまりにも「小さすぎる政府」のまま今回のコロナ禍で、国民に「リスクの個人化」を強いたこと。さらに国会の緊急開催を拒否し専門家グループ主導で国民の声を誘導するパターナルな行政に終始したことを強く批判する立場から、「リスクの社会化」と「リベラル」の組み合わせであるゾーンⅡからの自民党糾弾を展開すべきである。 この時、野党勢力が注意しなければならないことは、政権交代キャンペーンのキーワードとして従来の定番であった「革新」なる自己表現を使わず、「小さすぎる政府」を抜本的に改造し、「リスクの社会化」を推し進めると同時に価値観表現としての「リベラル」というキーワードを全面に打ち出すべきである。 自民党「勝利の法則」が終わる時 現代日本の選挙にはほぼ固定的とも言うべき勝利の法則がある。いわゆる「2・5・3の法則」である。すなわち革新系野党に有権者の2割が投票し、3割が自民党に。残り5割は投票所に行かないという基本構造だ。安倍・菅時代の選挙戦略は選挙戦のイッシューを敢えて曖昧化して投票率を下げる。選挙をつまらないもにして無投票者を増やし自民党に投票する固定票を固めていくことが常套手段となってきた。 コロナ後の選挙で求められる野党戦略は自民党の主流である「パターナル」と「リスクの個人化」の組み合わせであるゾーンⅣの対極にある「リベラル」と「リスクの社会化」の組み合わせであるゾーンⅡに5割の無投票者のミニマム20%以上を引き込むことである。今回の自民党総裁選の混戦が5割の無投票者の目を覚ます契機となるかもしれないし、さらには自民党主流であるゾーンⅣ自体の自壊を誘因するかもしれない。戦後政治の大きな曲がり角で4人の自民党総裁候候補者に課せられた歴史的課題は大きい。 (文責:一橋総研 市川周) |