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「アメリカ第一主義」はトランプの思いつきではない―その深い背景とは? 「アメリカ第一主義」が何故、出て来たのか?渡辺教授は衝撃的なデータを3つ示した。1つは「今のこの国(アメリカ)の状態に満足しているか?」という質問に20年前は国民の75%がイエスと答えていたが今はわずかに25%である。2つ目は「この国の政府を信じる(trust)ことが出来るか?という質問にはなんと19%の国民しかイエスと答えなかった。いずれもアメリカの有力調査機関PewResearchCenterの2015年末時点の調査結果だ。そして3つ目は1970年当時、アメリカの富の6割強を占めていたミドルクラスのシェアが現在4割台を切ろうとしているのに対して、かつて3割に満たなかったアッパークラスが5割台に迫ろうとしているというアメリカ中流社会の崩壊と格差拡大の現実である。 トランプは格差社会の怨念を「外の敵」に向けた? “既存政治やエスタブリッシュメントから米国を取り戻す。・・・米国はこれまで世界のために一方的に負担ばかりし、他国の不公正な貿易にも目をつむってきた。しかし、これからは米国の国益を徹底的に追及させてもらう。そのためにハードな交渉も厭わない。私は米国に勝利をもたらす” ―これは渡辺教授が引用したトランプ大統領就任演説における「アメリカ第一主義」の真骨頂ともいうべきくだりである。実は「アメリカ第一主義」には、やり場のないかつての白人中産階級の国家に対する不満、と同時に格差社会の下層に追いやられていく彼らの不安を、「外の敵」に向かわせるという力学が内在していることを渡辺教授は指摘していたように思える。 アメリカに「労働者党」が生まれる日 この関連で、民主党、共和党の2大政党制の将来に対する渡辺教授の見方が興味深い。世界経済のグローバル化による新興国労働者の追い上げや、米国内労働市場における非スキル・非知能型ワーカーの相対的所得低下がさらに進行する中で、アメリカ国内の労働者の生存権を優先する福祉・産業・通商外交政策を重視する「労働者党」が民主党と共和党それぞれの分派勢力が合体する中で登場する可能性があると渡辺教授は指摘する。 この動きは英国のEU離脱とも重なる。グローバルバランスとか多国間協調主義といったシステムや価値の是非を既存政党間で議論することよりも、国家主権を前面に出し、ストレートに自国民の利益確保を主張する政治のスタイルだ。これはグローバル競争や技術革新の波にさらされる先進国資本主義社会の労働者=国民が否応なく選択する道なのかもしれないと渡辺教授は見る。渡辺講演後のニュースだが、今回、フランス下院選挙でマクロン新党がかつての2大政党たる共和党と社会党を吹き飛ばし単独圧勝を勝ち取った底流にも同じものを感じざるを得ない。 日本が「アメリカ第一主義」に裏切られる時 渡辺教授は現行の日米関係、日米同盟について基本的に楽観視しているようだ。北朝鮮のミサイル問題では日米安保をベースとした協力信頼関係は着実に積み上げられて来ており、米中関係においてもワシントンが東京を頭ごなしにして北京と取引をするという明確な動きはない。しかし、事態は刻々と動く。もし、アメリカの対北ミサイル対応で日本は米国本土防衛の盾でしかないというような構図が歴然として来るならば、あるいは米中交渉で東アジアの安全保障よりも通商面での中国の譲歩を優先させるようなことがあれば、日米同盟は一気に色あせて行こう。 渡辺教授が洞察する先進国資本主義社会の新たな政治潮流は日本においても無縁ではない。「アメリカ第一主義」ならぬ、「日本第一主義」の台頭である。戦後日本外交は日米同盟の担保の上に、国連至上主義を標榜しながら国益の確保を全うして来た「日本第一主義」であったともいえる。その日米同盟がトランプ政権下で急速に変質していくとすれば、日本人は自らのリスクとコストを直視しながら、改めて「日本第一主義」の意味を問い直してみるべき時かもしれない。渡辺講演の余韻の中で感じた印象である。 (文責:一橋総研 市川周)
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