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金正恩体制の核戦略 ■38度線沿いの重火器: ・北朝鮮は38度線沿いの非武装地帯に1万3千両の大砲を中心とした重火器を展開しており、ミサイルを使わずしても、そこから40キロしか離れていないソウルを「火の海」にすることが出来る。1994年の時点では、そうなれば米軍5万人、韓国軍50万人、一般市民200万人が犠牲となると見積もられた。 ■北朝鮮の核ミサイル能力: ・2017年3月18日のロケットエンジン噴射実験の成功で、核ミサイル能力は飛躍的に拡大し、グアムを狙える中距離ミサイル、さらにはアメリカ本土を狙える大陸間弾道ミサイル(ICBM)を配備する目処がついた。 【スカッド・ノドン・火星・テポドン】 ・北朝鮮は90年代から、射程距離100キロから2000キロ程度の短距離と準中距離のミサイルを実戦配備している。短距離はスカッド、準中距離はノドンと呼ばれており、スカッドはソウルより南の在韓米軍基地の攻撃、ノドンは在日米軍基地の攻撃に使う。 ・中距離ミサイルは2000キロ~5500キロの射程距離を持つ火星12と呼ばれるもので、グアムの米軍基地攻撃用でグアムキラーと呼ばれている。但し、グアムでは米軍配備のミサイル迎撃システムTHAADで撃ち落とされる可能性があるので、ロフテッド軌道で高く打ち上げ、在日米軍基地に落とすことも考えられる。 ・米本土攻撃の大陸間弾道ミサイル(ICBM)としては、火星14、火星15さらにテポドン2改良型がある。火星シリーズが2段式ロケットに対して、テポドン2は長距離ミサイルとして、より理想的な3段式なため、いずれはテポドン型が主流となって来る可能性もある。 【SLBM・地下サイロ発射】 ・一方、北朝鮮は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発実験も続けている。スカッドや火星型は発射前に注入しなければならない液体燃料を使っている。この場合、燃料注入に数時間かかることから発射の事前探知が可能。これに対して、SLBMは個体燃料が組み込まれており、水蒸気でミサイルを水面に押し出すコールドロンチという発射方法で撃つ。只、北朝鮮の潜水艦の能力が低いため、この方式を地下サイロからの発射に転用する可能性がある。この場合も偵察衛星等による事前探知が難しく、実際、米露の有するICBMは全て地下サイロ発射になっている。 【核弾頭】 ・核弾頭の性能については、2017年9月の水爆実験に成功し、米露と並ぶ160キロトンの爆発力を有する。ミサイルの先に乗せられるかどうかの小型化についても既に成功あるいは時間の問題と見られている。難しいのは大気圏再突入する際に燃え尽きないようにする技術であるが、独自開発には最短で1年、2020年ぐらいまでかかるかもしれない。多弾頭化も今後の課題。大気圏突入直前に爆発、強烈な電磁パルスを発生させ広範囲に電気使用を不能にするEMP(電磁パルス)攻撃については、再突入技術が要らないので開発着手の可能性あり。 【核ミサイル開発の目的】 ・何故、北朝鮮は核ミサイル開発をするのか?もし、金正恩体制の維持が目的ならば、核ミサイルを完成し対米抑止を確保する中で対話姿勢に転ずる可能性がある。最終目的が北による朝鮮半島統一であるならば、核ミサイル完成後も北朝鮮の挑発は止むことがないであろう。 トランプ政権の北朝鮮政策 ■オバマ大統領からの警告: ・トランプ大統領は2017年1月19日のオバマ氏からの引き継ぎ時に、「北朝鮮は2020年(トランプ大統領再選の年)までにアメリカ本土を核攻撃出来るようになる」ことを知らされ、第一の優先課題となった。 ・オバマ政権時代の「戦略的忍耐」(北朝鮮が非核化を言いだすまで待つ)を否定、軍事力を含めたすべての選択肢を検討し、最大限の圧力をかけて北朝鮮が対話せざるを得ない状況に追い込む姿勢に転換。 ■対北朝鮮攻撃のレッドライン: ・米国の対北朝鮮攻撃における「予防攻撃」というのは、北が核ミサイル攻撃を完成しないように予防するための攻撃であるが、これは120%ない。なぜなら、もはや手遅れであるからだ。あり得るのは、北朝鮮がアメリカや同盟国の領土・領域を攻撃するのが確実か、あるいは差し迫った脅威がある時に先に攻撃する、国際法上の「先制攻撃」で、この場合は120%実行されることになる。しかし、北朝鮮も自殺したくないので、いきなり攻撃する可能性は低い。 ・軍事衝突が実際起こる可能性としては、①グレーゾーンでの反撃 ②誤認・誤算による開戦の2つが考えられる。①は例えばグアム島の領海すれすれのところ、すなわち北朝鮮がグレーゾーンに米国の反撃はないものとしてミサイルを撃ち込み、米国が予想に反して反撃を開始するケース。②はミサイル探知レーダー等の機器に誤作動が発生して、敵攻撃を誤認し反撃してしまうケース。現実的により怖いのは後者のケース。 ■中国との関係: ・米国は中国による北朝鮮へのプレッシャーを期待しているが、中国は圧力をかけすぎて北朝鮮が崩壊してしまい、国境線で大量難民問題が発生することを恐れている。 ・中国は北朝鮮を交渉テーブルに引っ張り出すために、「二重凍結案」(①北朝鮮の核ミサイル実験凍結 ②米韓の大規模軍事演習停止)を提案しているが、米国は20年間、この種の提案で北朝鮮に裏切られて来たとして拒否、経済・外交での封じ込めと軍事的圧力を継続。 日本の対応 ■デカップリング問題: ・従来は米国の核の傘に守られていた日本であるが、北朝鮮の核ミサイルが米国内の大都市を攻撃出来るようになってくれば、東京を守るためにワシントンやニューヨークを北朝鮮の核攻撃にさらすことが難しくなり、米国による拡大核抑止の信頼性は低下する。安全保障面で日米の紐帯が分離(デカップリング)される可能性がある。 ■安定・不安定パラドックス: ・米国と北朝鮮の間で核抑止力が機能して、両国間での核攻撃の可能性がなくなった場合(安定化)、北朝鮮が日本や韓国に対して核や通常兵器での軍事的脅しを仕掛けて来る(不安定化)の可能性が高まる。 ■悪夢シナリオ: ・米国が北朝鮮を核保有国として認め、両国で核戦力の軍備管理を行い、日本の外交上、安全保障上の主体性、自立性が奪われてしまうケース。このケースは先ず現実化しないであろうが、可能性はゼロではない。 ■対北圧力の継続とミサイル防衛の強化: ・日本政府の基本的な政策方向は、制裁、外交、中ロへの働きかけ、米韓内の対北朝鮮対話派への牽制を通じて、北朝鮮への圧力強化を継続することにある。 ・ミサイル防衛は①PAC3(地上配備型迎撃ミサイル)②SM3(イージス艦発射迎撃ミサイル)③イージス・アショア(陸上配備型イージス・システム)の3本立てで対応し、今後、在日米軍がTHAADを保有する可能性もある。 ■攻撃的能力の保有: ・現在の防衛計画大綱の下では、南西諸島における「島嶼防衛」の名目のもとに①イージス艦への日本版トマホークの導入②F15への長距離巡行ミサイル搭載③ステルス性能のF35に近距離型巡行ミサイル搭載―が検討されているが、2018年の防衛計画大綱見直し次第では「敵基地攻撃」用として展開される可能性もある。さらに、今後、弾道ミサイルを持つことになれば、「先制攻撃」の性格が強まることになる。 ・一方、早期警戒とISR(警戒監視)の能力向上も課題であり、国民の損害を限定するためのJアラートや避難訓練も重要。 ■非核三原則について: ・非核三原則(持たない・つくらない・持ち込ませない)のうち、「持ち込ませない」について、核兵器を搭載した米軍機や艦船を日本が受け入れることで核の傘の信頼を高めるべきとの議論がある。但し、 現在、米軍の核の傘はアメリカ本土の核を弾道ミサイルか戦略爆撃機で運んで来る形になっており、 国外に存在するのは潜水艦に搭載されているもののみ。搭載潜水艦は位置不明であることに戦略的意味があり、日本への常時寄港は運用上ありえない。 ■在韓邦人の救出について: ・現在、ソウルに5~6万人の日本人がいる。2年前にできた平和安保法制により、自衛隊が海外の邦人を救出することが可能になったが、戦闘地域での救出活動は出来ないという大きな制約がある。火の海と化したソウルに自衛隊は突入できない。唯一可能なのは、米軍・韓国軍に邦人を釜山まで輸送してもらい、そこから日本へ船や飛行機で連れて帰る方法だが、本件に関する韓国政府との事前協議は未だなされていない。 (文責:一橋総研 市川周)
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