実施レポート
第22回 一橋総研・三田経済研ジョイントセミナー [2023年12月7日 開催]
『日本GDP世界第4位への転落 -このまま落ちぶれる前に何をすべきか?』
講師:鈴木 貴博 氏 百年コンサルティング株式会社 代表
『日本GDP世界第4位への転落 -このまま落ちぶれる前に何をすべきか?』
講師:鈴木 貴博 氏 百年コンサルティング株式会社 代表
鈴木 貴博氏
百年コンサルティング株式会社 代表 百年コンサルティング代表。東京大学工学部卒。ボストンコンサルティンググループ等を経て、2003年に独立。未来予測を得意とし大手企業の経営コンサルティングに従事するほか、経営評論家として各種メディアなど多方面で活躍。著書に『仕事消滅』(講談社)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『日本経済予言の書』(PHP研究所)などがある。 |
【処方箋その1】 日本の女性労働力を配偶者控除から解き放て!
人口減少はもう止めようがない。GDPの拡大を「一人当たり労働生産性」X「労働力人口」で位置づければ、「労働力人口」の減少を「労働時間」の増大でカバーしているのが日本の現実だ。日本男性の週平均労働時間は50時間を超えておりOECD諸国で断トツだ。これ以上、「労働力人口」を日本の男性に求めるのはどう見ても限界だ。このままいけば「過労死大国」になってしまう。ここで鈴木氏は日本の女性労働力の巨大な潜在力に目を向ける。何故、潜在力なのか。日本では103万円以上稼ぐと所得税がかかるとか、月130万円を超えると社会保険が本人負担になるとか、他の先進国ではありえない「特殊な税制」で女性の労働市場進出に異様な箍(タガ)をはめている。欧米では英国が先頭を切って1990年代に配偶者控除を廃止した。欧米もかつては日本同様、世帯当たり課税主義であったのを夫、妻問わず個人課税主義に転換、女性が怒涛の如く労働市場に参入した。当然、女性の管理職は増大し、男性は家事参加、とりわけ育児参加を余儀なくされた。現役男性に過重労働を強いながら結局はGDP拡大を鈍化させてしまっている日本が世帯当たり課税主義にこだわっているのは国民的悲劇だ。 【処方箋その2】 トヨタよ赤旗を振るな!―イノベーションを殺す既得権益 世界最大の乗用車生産メーカー(世界シェア22%)のトヨタのガソリン車(ハイブリッド(HV)を含む)生産台数は4730万台だが、新エネルギー車(プラグインHVやEV、水素車)系はわずか1000万台そこそこだ。EVに至っては現在、「bZ4X」一車種のみ。トヨタのショールームでこの車のパンフレットを探すのは一苦労で片隅にひっそりと置いてある。何故、トヨタはEVを売る気がないのか?皮肉なことに世界に冠たるトヨタの「すり合わせ生産技術」いう社内にはびこる巨大な既得権益が本来、脱ガソリン車生産に向かうべきイノベーションを押し殺している。 トヨタがガソリン車生産で築き上げた「すり合わせ生産技術」とは多数の関連部品メーカーがそれぞれのECU(エレクトリック・コントロール・ユニット)を持ち寄り、文字通りすり合わせによって完成車に仕立て上げていく世界である。従って生産車種が新たなイノベーションに向かう際はそれぞれ各社のECUが連携協力しながらイノベーションを始めることになる。これに対してEVやSDV(Software Defind Vehicle)の場合は特定の生産メーカーが統合された限定数のECUを自社で持ち、単独で将に「非すり合わせ的」に生産しイノベーションを重ねていくことになる。この手法はトヨタに連なる経営者層から工場の一従業員にとっては「すり合わせ生産技術」の否定と放棄を意味する。当然、内部に巨大な抵抗エネルギーが生まれる。後ろ向きと批判されてもガソリン車ベースの好業績が続く限りだらだらと現状肯定が続く。 実は英国の自動車産業史に馬車組合の既得権益に翻弄される馬鹿げた時代があった。19世紀後半30年ほど続いた『赤旗法』だ。自動車の登場を危惧した当時の馬車組合が自動車の走行速度を市街地で時速3キロ、郊外で6キロとする規制をつくらせ、走行する自動車の前方でその到来を知らせる『赤旗』を振らさせた。のろのろ走る自動車を馬車があざ笑いながら追い抜いて行く。この悪法が除去されるまでの30年間で英国の自動車産業はフランスやドイツに大きく差をつけられてしまった。鈴木氏は日本のGDP第4位陥落の背後に、トヨタのみならず今、国内全体に「誰かがイノベーションを起こそうとすると、別の誰かがサボタージュしてイノベーションを起こさせないようにしている」という将に『赤旗法』的ムードが蔓延していると見る。果たして日本人には赤旗を投げ捨てる覚悟があるのか? 【処方箋その3】 脱炭素時代を生き抜く最大の方策は節電! 日本のGDP陥落を回避する基本は脱炭素時代を生き抜くエネルギー戦略をどう構築するかにある。気候変動問題に関し温室効果ガスが主犯であることはもはや世界的コンセンサスである。「もしトラ」となれば様々な国際協定や規制が解除されると夢想するのは白日夢以外の何物でもない。カーボンニュートラルすなわち、「温室効果ガスの排出量」-「植林・森林管理等による温室効果ガスの吸収量」を2050年までに実質ゼロにするというエネルギー文明的課題を背負いながら自国GDPの失速を回避する方策が求められている。 日本のエネルギー構成から見ると原発のウェイト拡大は非現実的であり、再生エネルギーの自立的拡大も自ずから限界がある。太陽光発電の宝庫となるゴビ砂漠のような広大な砂漠は日本列島にはなく、英国のような風力発電に有利な広範な遠浅海岸を有しているわけでもない。基本はエネルギー資源を輸入し続けるしかない。その主役がかつての石炭、石油そしてLNGから、脱炭素に対応した場合、これからは水素やアンモニアの輸入に移行していくことになる。その際、直視しなければならない点は水素やアンモニアの調達コストが石油・LNGを大きく上回ること、さらに「気体」搬送に伴う様ざまな制約条件が課せられることだ。ここで問われる根本戦略は古くて新しいエネルギー戦略である。極力、エネルギー消費を抑制、効率化してGDPを増やす。将にかつて石油ショック時代に世界に範を示した日本の省エネ戦略である。 GDP世界第3位へ復権は以上のような処方箋への着手から始めなければならない。 (文責:一橋総研 市川周) |