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鈴木壮治の【言いたい放題】

第41回 アルジェリアの悲劇 − 問われる日本国家の国民を守る力

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

数年前、アジアのある国への進出を図った日本企業が、事業パートナーを募ったところ、30社もの現地企業からの応募があった。しかし、反社会的な行為で利益を上げている会社が多いという噂があったため、現地の日本大使館にそれに関する情報を尋ねた。しかし、「そのような情報は入手できない」という返事のみが帰って来たという。

途方に暮れたその企業は、やむなく、現地の米国大使館に頼った。米国大使館の関係者は、親切に調べてくれ、「3社のみが問題無い」として、その企業名を教えてくれたとのことであった。

イスラム過激派の武装勢力である「イスラム聖戦士血盟団」による「アルジェリア天然ガス施設襲撃及び人質事件」は、1月19日のアルジェリア軍の特殊部隊の強行作戦で鎮静化したが、我々は、10名もの同胞を失ってしまった。

武装勢力による施設占拠後、現地の詳しい情勢が、なかなか日本政府に伝わらなかった。それは、冒頭の話からも、悲しくも、妙に納得せざるを得ない。

日本政府は、真剣に、動乱の続く治安の悪い国・地域の情報入手、危機・リスク分析を迅速かつ十分に行える体制に持っていかないといけない。

アルジェリア政府は、事件の二ヵ月前から、イスラム過激派の武装勢力によるイナメナス天然ガス施設攻撃を警戒していたと言われている。そのような情報は、日本政府には伝わっていなかったのであろう。

今のままだと、海外で活躍する日本人が、危機的状況に巻き込まれるリスクを、事前に知らされず、今回と同じような悲劇に陥ることになってしまう。

スパイ防止法を持たない日本は、インテリジェンス活動(情報の収集・分析・集約・共有そして防諜)に迫力が感じられない。やはり、しっかりとした情報機関を設置し、防諜を支える法の整備(罰則規定を含む)を早急に行うべきと考える。その様な体制が整っていない日本には、各国は、機密情報を流せないので、その結果、海外で働く日本人の安全確保に問題が生じることになる。

命からがら逃げだしたフィリピン技術者は「奴らは、人質になった日本人の一人に、爆弾を巻きつけ、人間の盾とした」と証言した。

しかし、今のままの憲法では、自衛隊機は、海外で危機に瀕した同胞を救助にいけない。

昭和49年9月19日、時の内閣法制局長官は「他国の領域内にある日本人の生命・身体・財産は、武力行使等の手段により、保護をはかることは、憲法上許されない」と海外派兵はできないと答弁している。憲法で、同胞を自衛隊が救いにいくことを禁止していることは、国家としての責務を放擲し、国家主権と国家としての誇りを捨て去っていることになる。

現行の自衛隊法を改正し、海外で紛争に巻き込まれた邦人救助のため、「現地の安全確保」の要件を削除し、現地の空港や港に、自衛隊が航空機、艦船を派遣できるようにすべきである。

また、陸路よりも可能にし、邦人警護のために、限定的に武器の使用も認めるべきである。

今回のアルジェリアにおける悲劇は、日本企業に働く人々そして経営者に、企業と国との関係を考える契機ともなった。

グローバリゼーションの流れの中、国民経済と巨大資本は、その距離を広げつつあり、企業は国家の枠を超え、ビジネスを展開している。例えば、企業の優位性を高めるためのバリュー・チェーン(価値連鎖)は、国を超えた活動・機能の連携により成り立っている。

アラブの春の後、北アフリカ、中東のイスラム諸国では、政情が不安定化し、イスラム過激派が台頭した。それらの地域・国に進出している企業は、テロ行為に巻き込まれるリスクに怯えざるを得ない。海外における日本企業とその社員を守るために、情報の迅速かつ的確な提供もせず、軍事的な安全保障行為にも踏み込めない日本国家では、企業の脱日本化(他国籍化)が加速してしまう恐れがある。

国ごとに、政体が異なり、当然、安全保障そして人命に関する考え方が異なる。

今回、天然ガス施設への武装集団の襲撃を受けたアルジェリアでは、1992年から続く内戦における過激派テロで、数千人もの国民が犠牲になっている。その結果、テロ攻撃に対する国家としての対応において、アルジェリアと日本では、想像を絶する程の差が生じている。

今回のアルジェリア政府のイスラム武装勢力に対する間髪を入れなかった攻撃は、人命よりもイナメナス天然ガス施設(アルジェリアの全生産の10%程を生産)を守ろうとする国家意志が強かったと判断せざるを得ない。

アルジェリアの輸出の97%は、天然ガスと原油であり、その生産施設を壊されることは、アルジェリアにとって死活問題であったのだ。

また、アルジェリアは独裁国家であり、今回の事件の処置が長引くと、政権への一般大衆の不満が、反政府運動につながることを、政府が恐れたのも一因であろう。

今回のアルジェリアの悲劇は、今後、日本企業・日本人が、海外において、テロ被害に加え、諸々のリスク(災害、環境汚染、海賊行為そして内戦など)に晒される可能性が高まることを、如実に、物語っている。

そのようなリスクから、日本企業・日本人を守るためには、国家としての最大瞬発力が大事である。そのためにも、日本版NSC(国家安全保障会議)の必要性は高まる。

日本の現在の安全保障会議は、国防に関する重要事項及び重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議し、意見を述べる機関でしかなく、安全保障に関する国策の最終決定権は閣議にある。

米国のNSCも諮問機関ではあるが、議長が大統領であり、NSCの決定が即大統領の命令となり、迅速な行動に移れる体制になっている。日本が目指すべきNSCは、戦前の統帥権に似た権力を持つことになり、その設立前に、国民を巻き込んだ充分な議論を行うべきである。例えば、軍事分野に限らず、非軍事分野(環境、災害、エネルギー、食料など)も含んだ総合的な安全保障戦略の構築と、その実行をNSCに行わせるために、バランスの取れた専門家の関与の確保などが、その一つである。

また、グローバリゼーションの時代に、一国のみの安全保障に閉じこもることはできない。よって、集団的自衛権の行使ができるように、憲法の政府解釈を改め、日本は、国際的な協力的な安全保障の輪に入っていけるようにしないと、日本の未来はない。

イスラム武装過激集団を、グローバルな脅威にした遠因は、近代の西欧の植民地主義であり、現代にあっては、富の偏在を生んだ苛烈な資本主義、さらに、フランスなどの欧州諸国のイスラム系移民政策の失敗である。現在、日本では、どのような「国のかたち」にすべきかの議論が盛んであるが、日本人主体の国民国家あるいは移民国家でいくのか、欧州の移民政策の失敗をしっかりと分析した上で、議論を進めるべきである。

テロリストを生んだ原因に、欧米勢は真摯に対峙し、反省の上に、イスラム過激勢力を包み込む新たな世界秩序を構築・実行しないかぎり、テロリストを生み出す土壌としてのグローバリゼーションにおける辺境は縮小せず、10年にも渡る米国主導の「対テロ戦争」の破綻は目に見えている。

以前から、米国は「不安定な弧」という地政学的な概念を用いて外交・軍事戦略を構築、実行してきた。その弧の両翼は、中東と東アジアである。アラブの春の後、ムスリム同胞政権のエジプトでの誕生、シーア派のイランの強大化と、米国にとっての西翼は、脆弱になりつつある。

米国とその同盟関係にある国々にとって弧を強靭にするためには、両翼がしっかりと安定することが肝腎である。

東翼にある日本は、米国の冷徹かつ狡猾なグローバル安全保障戦略に轢きずりまわされるのではなく、自立した安全保障体制と戦略を持ち、その上で、米国、ASEAN諸国、オーストラリアさらにはインドとも連携して、東翼を安定させるべきである。

そして、西翼を安定させるために、人口爆発(イスラム人口の増加率は、非イスラム人口の約2倍で、今後20年間で、イスラム人口は世界人口の25%を占めると予想されている)と経済の困窮に苦しむイスラム経済と社会を、グローバルな経済社会に取り込むという壮挙に、人類は挑まなくてはいけない。

イスラム諸国とも良い関係にあり、中東原油に過大に依存する日本は、その実現のために最大限に尽力しなくてはいけない。そのためにも、自立した総合安全保障戦略と体制を早急に整えるべきである。

(雑誌「財界」2013年3月12日号に掲載)

( 2013年03月05日 / 鈴木壮治 )

※記事の無断転用・掲載は、厳禁する
鈴木壮治 / SOJI SUZUKI
一橋総研 統括責任者
株式会社日本リスク管理研究所・代表取締役
NPO法人・新日華産業技術フォーラム・理事
財団法人・日本科学振興財団・理事
一般社団法人・日中文化経済交流発展基金会・理事
日本ラオス文化経済交流協会・理事

静岡県浜松市出身。米国ペンシルヴァニア大学・大学院ウォートンスクール経営学修士(MBA)取得後、1975年 三井物産入社(化学プラント部)同社で2年間の米国研修を経て、1987年シティバンク入社。デリバティブ・ヘッジファンド担当のアシスタント・バイス・プレジデント。1989年からはチェースマンハッタン銀行のバイス・プレジデントに就任。その後、1996年に株式会社日本リスク管理研究所設立・代表取締役就任。現在に至る。共著に『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)、『国家意志のある「円」』(光文社)、『アメリカ信仰を捨てよ』(光文社)、『「日本浮上」プロジェクト』(ブックハウスジャパン)などがある。
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