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鈴木壮治の【言いたい放題】

第37回 日本の共同体思想が世界経済を救う

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

民主主義体制の欧米そして日本の先進国が、巨額な財政赤字に苦しんでいる。一方、新興国であるBRICS諸国は、ユーロ導入に際し参加国に課せられたマーストリヒト基準(財政赤字はGDPの3%以内、累積公的債務はGDPの60%以内)をクリアーしている。

BRICSの中には、独裁的な国家資本主義国家である中国とロシアが入っている。民主主義国家は、自由を求める経済と、公平さを求める政治との矛盾を国内に抱えている。その結果、国家運営にかなりのコスト(公平さを保つための社会福祉費用増大等)がかかり、財政赤字を累積させてきた。

国内の不平不満を国家権力で抑え込み、政治を牛耳る勢力が「資本家」となり、グローバル資本主義下で、国益を追求する国家資本主義のモデルが良さそうに見える。しかし、独裁国家内では、所得と地域の格差が拡大し、ソーシャルメディアの発達により、国内の独裁的な政治への不満が一挙に反体制行動となるリスクが高まっている。

今後の世界は、民主主義国家、国家資本主義国家と、国家を超え、資本の論理で動くグローバルな巨大資本の鬩ぎ合いの場となる。金融と財政危機に襲われている民主主義国家と、国内に民衆の暴発リスクを抱える独裁国家は、君主制にも似たヒエラルキー組織を持ち、「領土内の国民」に悩む必要の無いグローバル巨大資本に、世界経済を包摂されてしまうリスクを認識せざるを得ない。

幕末に活躍した思想家である横井小楠は、その語録の中で、
「堯舜孔子その道を明らかにし
西洋器械の術を尽くさば
何ぞ強兵に止まらん
大義を四海に布かんのみ」と論じた。

幕藩体制を超え、世界を相手にする横井小楠の気宇は壮大であり、その思想は公共の天理という言葉で表される。仁の心を行動基準とする列強とは付き合うが、その心を持たぬ列強とは闘うとして、欧米列強の覇権主義に厳しい態度を取った。まさしく、行動の価値判断に、倫理性を見出した思想家である。

今、横井小楠が生きていれば、倫理性に欠け、資本の論理のみを追求するグローバル資本に鉄槌を下したであろう。

1648年、30年も続いた宗教戦争が終結し、ウエストファリア条約により、国家主権、領土が認められた国民国家が生まれた。その国民国家は、幾多の動乱の時代を生き抜き、今に至っている。

しかし、グローバリゼーションの時代になり、金融を先兵とした巨大資本が、国家の殻を破り、地球規模の市場で、縦横無尽に資本の論理(企業は株主の利益のために存在する)を追及してきた。

私的所有権と自由な経済システムが企業の能力を最大限に発揮させ、人類の富と福祉が極大化されるというのが、新自由主義経済思想である。しかし、その実態は、倫理性よりもカネに価値を置き、私利私欲の競争心を煽り、所得格差を広げ、社会を不安定にした。その強欲さは、地球環境を蔑にし、資源を食い尽くそうとした。

さすがに、2008年9月のリーマンショックの後、新自由主義経済への反省の動きが出てきた。しかし、今、世界は、その後始末で大変であり、下手をすれば、国家そのものの存在さえ揺るがす事態に陥る。

米国とEU諸国における金融と財政の危機は、金融資本主義の跋扈によるものである。金融資本主義の本質は、リスク資本主義である。リスクとリターンはトレードオフの関係にあり、リターンを得るためには、リスクテイクが必要である。金融機関が、一時、莫大な利益を得た(例えば、2007年における英国の全法人税収入の27%は、金融産業より生み出された)ことは、凄まじいリスクを金融機関が取ったことを如実に物語っている。

リスク(金融)資本主義の総本山である米国は、金融機関のリスクテイク能力維持に励んだ。例えば、米国の影響力の強いバーゼル委員会は、1993年4月に、マーケットリスク規制案導入を決定したが、肝腎な金利リスク(銀行勘定で抱える貸出債権や有価証券)の自己資本への追加負荷を見送り、金融機関のリスクテイク能力をそのままにした。

米国のやったことは、国家と巨大資本の結託であり、もう一つの「国家資本主義」である。そこには、自国民への配慮が欠け、結局、リーマンショックにより負った金融機関の不良資産を国が肩代わりし、国民につけを回した。

日本がまず目指すべきは、共同体としての国家の器の中で、企業と国民社会が共生する経済である。

東日本大震災による極限的な状況下で、整然と行動し助け合い、地域社会の秩序を守ったのが人々の絆である。その絆は、個々の私欲を包み込むようにして、他との共生に導くものである。新自由主義経済と市場原理による強欲な私益追求の限界が明らかになった今、企業と社会との調和の取れた共生こそが、所得格差を抑え、経済を安定成長させる。

新自由主義経済の思想は、企業を資本の論理に支配された無機質なものに貶めた。そこからは、汗と油に塗れ、技術の承継を行い先輩と後輩の間柄、会社に全身全霊をかけて尽くし、家族を養ってくれる存在としての会社に感謝し、誇りをもって働く人々の姿が浮かばない。

民主主義の国内政体と国民からの別離を厭わない新自由主義経済は共生できず、国家共同体と資本の関係は崩壊せざるを得ない。サンデル教授(ハーバード大学)は「巨大化した経済は、共同体の規律を破壊し、市民から、その自治のための道徳的能力を奪い取った」と言う。

そして、それを防ぐために、巨大化したグローバル経済を支配する政治制度が必要であるとサンデル教授は力説する。それは、人類の連帯に基礎を置くコスモポリタン的な共同体ではなく、国家の主権性が拡散した諸々の共同体および政治体制であり、具体的には、EUのような超国家組織であり、また、地方への主権の拡散であるとする。

しかし、それだと、政治と経済の本質的な対峙構造を解消することはできない。我々は、国家の主権性を拡散する前に、まず、企業を手元に手繰り寄せ、その乾いた資本の論理を倫理性で包み、心の通ったものとして再生し、国という倫理共同体に取り込むべきである。

先日、都下の中小企業経営者が、「できれば、日本のため、自分達の技術の伝承は日本で行いたい」とTV番組で真情を吐露していた。

日本の雇用の90%以上を担う中小企業こそ、国民の企業である。戦後の日本人が、精神的な根無し草にならず、日本を再生できたのも、企業が共同体の役割を果たし、人々に仲間と共に働く喜びと誇りを与えたことが大きい。従業員の雇用を大事にし、顧客、取引先、地域社会との結びつきを大事にしてきた日本型経営の良さを再認識すべきである。

経済の本質が相互依存の関係にあることは、前述の企業の共同体性からも分かる。しかし、株主資本主義は、経済の本質である相互依存関係を蔑にした。戦後、企業共同体により経済を成長させてきた日本こそ、その矛盾を突き、社会的な存在である企業を、尊大な資本の論理から守るべきである。

そのためにも、企業は、資本の論理に隷属するのではなく、倫理性を取戻した社会的な企業法人として、倫理共同体である国家の一員として加わるべきである。

世界の国々は、自由を追求する経済と公正を原理とする政治により、また裂きの状態になっている。そして、政治は、財政赤字を累積することにより、その分裂を防いできたが、ついにその限界に達した。その具体例が、欧米の金融と財政危機である。

戦前、戦中の家族主義的な国家共同体の思想は、政治的・軍事的に強権国家であった日本の姿を隠すことに使われた。しかし、日本の共同体思想は、そのような手段として使われるのではなく、国という公器の中で政治と経済を共生させる力であるべきと思う。

経済低迷、巨額な累積公的債務に苦しむ日本であるが、海外から資金が押しかけてくる一因は、日本社会の秩序が整然としているからである。

北東アジアは地政学的なリスクが高まりつつある。日本社会の秩序を外圧から守るためにも、自立した総合的安全保障戦略と体制を持ち、それを踏まえて、世界の潮流でもある協力的な軍事・非軍事の集団的安全保障の輪に入っていくことが大事である。

そして、安定した日本に軸足を置いた日本企業は、共同体思想により、グローバルな経済社会との共生を追求すべきである。それにより、グローバル巨大資本より、世界経済を守ることができる。

<「財界」2011年9月20日号掲載>

( 2011年09月10日 / 鈴木壮治 )

※記事の無断転用・掲載は、厳禁する
鈴木壮治 / SOJI SUZUKI
一橋総研 統括責任者
株式会社日本リスク管理研究所・代表取締役
NPO法人・新日華産業技術フォーラム・理事
財団法人・日本科学振興財団・理事
一般社団法人・日中文化経済交流発展基金会・理事
日本ラオス文化経済交流協会・理事

静岡県浜松市出身。米国ペンシルヴァニア大学・大学院ウォートンスクール経営学修士(MBA)取得後、1975年 三井物産入社(化学プラント部)同社で2年間の米国研修を経て、1987年シティバンク入社。デリバティブ・ヘッジファンド担当のアシスタント・バイス・プレジデント。1989年からはチェースマンハッタン銀行のバイス・プレジデントに就任。その後、1996年に株式会社日本リスク管理研究所設立・代表取締役就任。現在に至る。共著に『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)、『国家意志のある「円」』(光文社)、『アメリカ信仰を捨てよ』(光文社)、『「日本浮上」プロジェクト』(ブックハウスジャパン)などがある。
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