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鈴木壮治の【言いたい放題】

第35回 今望まれるインドとの戦略的連携

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

日印米のトライアングルを目指せ

1998年、ロシアのプリマコフ首相(エリツィン大統領時代)が、「露・中・印」の戦略トライアングルを提唱した。だが、当時は「冷戦思考の産物」として捉えられ、実を結ぶことはなかった。しかし、2006年そのインドは、2010年の10月下旬、日本とEPA(経済連携協定)の正式合意をしたが、その前に、シン首相は、中国との関係を配慮し、「印・日・中」の連携強化を提唱した。米国は、アジア三カ国による力の結集を恐れ、クリントン国務長官は、その提唱の直後、「米・日・中」の三カ国の対話を呼びかけた。

「日・中・印」のトライアングルが、本来、アジアの極になるべきではある。しかし、尖閣列島問題等の日中の緊張関係と、スリランカ、ミャンマーなど、インド洋周辺の国々に港湾施設を建設する中国の動き(真珠の首飾り)は、インドを刺激し、そのトライアングルは実現しそうもない。日米の連携と中国・ロシアの野合が睨み合っている現状を打破するために、「露・中・印」と渡り合い、協調の道を探る、もう一つのトライアングルが必要である。

日本は、価値観を共有し、国境問題と無縁な「日・印・米」のトライアングルを提唱すべきである。グローバルな関与・展開能力を持つ米国、技術力と資金力を有する日本、そして、豊かな労働力と消費市場としての潜在能力を誇るインド、その三カ国の連携こそが、世界の安定を生み出す。そして、二つのトライアングルの一角を占めるインドに、トライアングル間の調整役を期待したい。

オバマ大統領の就任直後に、クリントン国務長官はアジア歴訪として、日本、韓国、インドネシィアそして中国を訪れた。昨年の11月、オバマ大統領は、日本、韓国、インドネシィアそしてインドを歴訪した。米国のインド重視へのシフトを読み取れることができる。

アジアの地政学的分析

ロシアは最近になって、アジアでの影響力を高めようとしている。2010年11月1日、国後島へメドベージェフ大統領が訪問し、そして、2011年より、アセアン+3の東アジアサミットへ、ロシアも参加することになった。また、南シナ海(中国とベトナムがその領土権を主張するスプラトリー諸島、パラセル諸島が存在)に面するベトナム南部にあるカムラン湾に、ロシアが海軍基地を再開することを、ベトナムが合意した。また、ロシアは、2011年の軍事予算を前年比20%増加させ、中露の国境を全てカバーする東部管区の本拠地をハバロフスクに置いた。それらの動きは、中国を意識してのことである。

また、中国はインド洋周辺国で、港湾施設を整備しており、2010年の8月には、スリランカ港湾施設をほぼ完成させた。インドは、中国が建造する空母が、将来、インド洋に来ることを恐れ、ロシアから、戦闘機ミグ29や軽空母(空母アドミラル・ゴルシコフ)を約15億ドルで購入している。

尖閣列島をめぐっての日本との緊張、南シナ海でのベトナムとの領海問題の紛争など、中国の覇権的な動きに対して、アセアン諸国も警戒心を隠さず、それらの国々は、軍事予算を増やし、中国の軍事的圧力に対抗しようとしている。スウェーデンのシンクタンクは、2005年から2009年にかけて、マレーシアは軍事予算を8倍、シンガポールは2倍、インドネシアは84%増額したとの調査結果を発表した。

先述のように、アジアへのパワーシフトの流れの中、中国、ロシアは、国益のため、その勢いを強めようとしている。その勢いを制御し、アジアを「協調の場」にもっていくのが、「日・印・米」の役割である。

なぜインドなのか

インドは、日本と歴史的な接点を幾つか持つ。

チャンドラ・ボーズ志士は、英国よりインドを独立させる為、インド国民軍と日本軍を結び付け、ミャンマーから英国領インドを攻略するインパール作戦に踏み切った。

戦後の東京裁判で、インドのパール判事は、欧米の植民地化政策を批判し、それを裁く法が無い以上、日本などの帝国主義による侵略も裁けないと、勇気をもって、政治と歴史観に踏み込んだ。

また、ガンジー師は、人種差別を国家のレベルだけにとどめず、西欧近代文明という次元で捉えた。そして、自由貿易帝国主義をインドに強いた英国に、軍事力という暴力装置を背景とした西欧近代文明を見出し、それを否定するために、戦略として非暴力主義を貫き、英国よりの独立を勝ち取った。

1952年4月28日に、インドはパキスタンとともに、アジア諸国としては初めて、日本との国交回復に踏み切った。その恩に報いるように、日本は戦後初めての円借款先として、インドを選び、1958年2月4日に、日印円借款協定を締結し、日本輸出入銀行が3年間で180億円を限度として、貸し付けることになった。

2010年9月26日に、ロシアのメドベージェフ大統領が中国を訪問し、27日に胡錦濤国家主席と両国の戦略的な協力関係を新たに深化させることに同意した。その際、「中露がファッシスト、軍国主義の侵略により最も残酷な試練を経験した」として、被害者としての立場を強調した。

矮小な地政学的目的で、歴史観を捻じ曲げて使うことは許されない。歴史を冷徹に文明の次元で鳥瞰したガンジー師とパール判事の思想は、今もインドに脈打っていると思われる。その点からも、インドは、日本にとって心強いパートナーとなりうる。

今後の世界は、ネットワークの時代であり、FTA、EPA、広域経済圏、地域共同体構想、二国間の提携など、複雑な利害関係を結び付ける動きが活発化していくと思われる。そのような動きの中、アセアン諸国は、拡大する中国との協調と競争のため、中国、米国、インド、オーストラリア、日本などとFTAを締結し、FTAのハブ機能を自らのものとした。

紀元前3世紀のアショーカ王と16世紀のムガール帝国のアクバル帝は、時を隔てて、異教や多元主義への寛容と公共の論理を、統治の基礎とした。また、インド大乗仏教中観派・ナーガールジュナ師は、その著「中論」の中で、この世に存在するものは実体がなく、すべて縁起により結ばれて存在するとし、縁起を論理的な相互依存関係としてとらえた。インドの歴史が生んだそのような思想こそ、多様性の中、公での議論(公共の論理)により構築されていくネットワーク型グローバリゼーションの現代に相応しいものである。

日本の外交戦略としては、アセアン+6として、そのインドを入れたことは正しい。APECには、インドが入っておらず、将来的にはインドにも入ってもらうべきであり、2010年10月25日の新首相と日本政府が、EPAを正式合意したことは、その流れに沿ったものである。

2010年10月24日に来日したシン首相は、「日本とインドが共有する価値観において、民主主義に加え、法治が大事である」とした。まさしく、国際社会にあっては、人治ではなく、法治主義が主流である。インドは植民地時代の英国による鉄の官僚システムと厳しい法治を経験し、法治のソフトインフラを確立し、司法の独立を実現した。古代インドのバラモン教は、神以前に厳然たる法則があって、神といえども、その法を動かすことができないという法前神後の思想を生み出した。その思想こそ、インドの法治を支え、揺るぎないものにしている。

日印米トライアングルの戦略的価値

 戦後、米国が日本の総合的統合能力の増強をおさえてきたこともあり、冷戦崩壊後も、日本は独自の経済と安全保障の統合理念を創り出せないでいる。非対称な日米関係を基軸にする日本の国家戦略には限界があり、それからどのように脱皮するかに、日本の未来はかかっている。

憲法の解釈により、集団的自衛権の行使権限を放擲している日本は、アジアでの集団安全保障の枠組み構想にも参加できないでいる。この隘路から日本を救い出すのが、冒頭で提唱した「日・印・米」のトライアングルである。

その一角を占めるインドは、日本に欠けるものを持っている。それは確固とした国家意思と戦略である。先述のように、インドは非暴力主義のガンジー師を押し立てて、英国よりの独立をもぎ取った。しかし、1947年の独立後、非暴力主義の看板を下げ、暴力装置を持つ普通の国をつくった。その国家意思が、米国から差し出された核の傘を断り、1998年に、政権を握ったインド人民党を主とした連合政権が、核実験に踏み切り、独自の核抑止能力を持つに至った。そして、インドは、2003年に始まったイラク戦争への派兵要請を米国より受けたが、それも断った。

そのインドを、米国は安全保障上大事な国として認め、2008年には、双方の国で法律を改変し、IAEA(国際エネルギー機関)承認のNPT(核不拡散条約)未参加のインドを、事実上の第六番目の核保有国として容認した。そして、2010年11月初旬、インドを訪問したオバマ大統領は、インドの国連安保理の常任理事国就任への支持を表明した。

米国とは無論、日本はインドとも戦略的グローバル・パートナーシップを合意している。日本が、非対称な日米関係から脱却しようとするならば、「米国にNOと言えるインド」を、「日・印・米」のトライアングルでの心強いパートナーとして大事にし、その戦略的関係を深化させるべきである。そして、そのトライアングルで議論し、実現への道筋をつける対象は、アジアを超えたグローバル・イシューであるべきである。

1994年、ジャーナリスト、ロバート・カプラン氏は、その著「アナキーの到来」の中で、冷戦崩壊後、大規模な環境破壊、グローバルテロそして不安定な経済などを生み出すと警告した。そのようなグローバルな脅威を封じ込める国際協調による枠組みを、「日・印・米」の揺るぎないトライアングルで議論し、具体的な提言を行うことは、各国のグローバル戦略構築上、非常に意義のあることである。そして、インドも一角を占めるもう一つのトライアングル「露・中・印」も、それに対して、耳を傾けざるを得ないであろう。

(2011年1月25日号の「財界」に掲載)

( 2011年01月24日 / 鈴木壮治 )

※記事の無断転用・掲載は、厳禁する
鈴木壮治 / SOJI SUZUKI
一橋総研 統括責任者
株式会社日本リスク管理研究所・代表取締役
NPO法人・新日華産業技術フォーラム・理事
財団法人・日本科学振興財団・理事
一般社団法人・日中文化経済交流発展基金会・理事
日本ラオス文化経済交流協会・理事

静岡県浜松市出身。米国ペンシルヴァニア大学・大学院ウォートンスクール経営学修士(MBA)取得後、1975年 三井物産入社(化学プラント部)同社で2年間の米国研修を経て、1987年シティバンク入社。デリバティブ・ヘッジファンド担当のアシスタント・バイス・プレジデント。1989年からはチェースマンハッタン銀行のバイス・プレジデントに就任。その後、1996年に株式会社日本リスク管理研究所設立・代表取締役就任。現在に至る。共著に『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)、『国家意志のある「円」』(光文社)、『アメリカ信仰を捨てよ』(光文社)、『「日本浮上」プロジェクト』(ブックハウスジャパン)などがある。
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