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鈴木壮治の【言いたい放題】

第32回 安全保障問題と日本

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

※本稿は下記フォーラムでの講演内容をまとめたものです。

世界経済評論フォーラム白馬会議 ’09
統一テーマ 2010年の世界と日本の針路
テーマセッションIV 安全保障問題と日本

日時:2009年11月14日(土)
場所:白馬村「シェラリゾート白馬」

 このセッションでは、グローバリゼーション時代における日本の安全保障のあるべき姿に迫ってみたいと思います。先ほどの議論で、日本の政治の話しがでましたが、外交と安全保障の分野で,日本の政治は余り機能してこなかったと言わざるを得ません。北朝鮮に我が同胞を拉致されても取り戻せない。また、北朝鮮は核実験に加え、ミサイル発射実験までして核ミサイルを持とうしています。そのような核リスクが発生するのを看過して、日本の安全保障上の立場を脆弱にしてしまいました。結局、中国、ロシア、米国に加え北朝鮮が核兵器を持ち、日本はついに核を持つ四カ国に包囲されたことになります。北東アジアには、鎖国傾向の強い国が二カ国存在しています。全体主義体制を死守するために、自国民を封じ込めているのが北朝鮮です。もう一つの国が安全保障の鎖国国家、日本です。アメリカの核の傘に守られながら、平和国家として核反対の立場も取る日本は、二枚舌と言われても仕方ないと思います。日本の文化・伝統と自立・自尊を守るために核を持てという考えのグループがいます。一方、国民の多くは、戦争の場合、犠牲になるのは弱い民衆であることを知っていますから、国家に強い軍事力を持たせることに本能的に危惧を感じています。よって、日本の政治は、国民感情に考慮して、政治的妥協として、アメリカの核の傘に守られながら、核廃絶を唱える平和国家を自称し、集団的自衛権は違憲であるとの政府解釈を奉ってきたのです。しかし、集団的自衛権は自衛のための国家主権であり、その権利は、国連憲章の51条でも、サンフランシスコ平和条約でも認められています。よって、集団的自衛権を違憲とする日本政府の解釈は、国家の主権を放擲していることになります。

 鳩山さんが首相になって、緊密で対等な日米関係と東アジア共同体構想を提唱しました。日本は、アジアにおける外交と安全保障の分野において、アメリカの意向に逆らうような独自の戦略は持たず、アメリカの大きな戦略のもとで動いてきました。その国是とも言うべきアメリカ追従を見直し、アジア戦略における日本の独自性を強めたいという鳩山首相の強い思いが、緊密で対等な日米関係と東アジア共同体構想という言葉になってでてきたと思います。そして、鳩山首相は、集団的自衛権を違憲とする政府解釈は継続することを明らかにしています。しかし、その一連の鳩山首相の声明には、矛盾があります。日米関係を対等にするためには、まず、日米安保の片務性を是正しなくてはいけません。今の日米安保ですと、アメリカには守ってもらうけれども、日本はアメリカを守る必要はないということになってしまっています。その片務性は、ローマ時代の奴隷は、主人が大変な事態に陥っても、主人を守る権利も義務もなかった事実を想起させます。集団的自衛権という国家主権を放擲したままの状態で、真の対等な日米関係の構築は困難と考えます。一方、東アジア共同体を国家主権の視点で考えるとどうでしょうか。EUの例でも分かるように、EU諸国は国家主権である通貨の発行権とか金融政策を、EUの中央銀行に棚上げし、その結果、彼らは、国としての金融政策、財政政策さらにはマクロ経済政策に於ける裁量権を大幅に失ってしまったのです。東アジア共同体に日本が参画するということは、EUの例から分かるように、金融、財政そしてマクロ経済政策における国家主権のかなりの部分を、上部組織である東アジア共同体に棚上げすることを意味しています。安全保障における国家主権である集団的自衛権を放擲したままで、さらに、東アジア共同体に加盟し、金融、経済の分野における国家主権を制限して、日本が、超大国であるアメリカに対して対等な立場を主張できるのでしょうか。そこに、矛盾を感じるのは私だけではないと思います。

 その矛盾を克服するためにも、グローバル時代の日本の安全保障のあるべき姿を追求しなくてはいけません。グローバリゼーションが目立たなかった時代に比べ、今は安全保障の対象範囲が広がってきました。地球環境の劣化、インフルエンザの蔓延、グローバルテロ、核拡散そして金融経済問題もすべてグローバル規模の広がりを持ち、各国の大きな意味での安全保障を脅かし始めました。そのような地球規模での問題に直面している世界の人々は、国民でありながら、国を超えたグローバル市民としての意識を強めつつあります。その意識が、国家安全保障戦略というものは、一国を守るだけのものだけではなく、グローバルな平和と安定への意思と視野を取り込むべきとの考えを生み出していくはずです。その流れの中で、非軍事分野での安全保障、すなわち、環境問題としての地球温暖化、インフルエンザの世界的蔓延を防ぐための国家間の協力が進んでいます。世界の企業も人々も、グローバル・インフラである国際金融システム、航空システム、情報通信機能の恩恵に浴しています。もし、そのようなグローバル・インフラがテロリストにより破壊された場合、困るのは国を超えて活躍する企業であり人々です。よって、国益を守るだけの軍事的安全保障戦略のみを奉る時代はとっくに過ぎ去っています。今は、グローバルな視野で、軍事、エネルギー食糧などの資源問題、環境さらには金融経済を包括する総合的な安全保障構想を持たなければ、国際的な協調安全保障の輪に入っていけません。

 今年の7月から、アメリカと中国が戦略的対話を始めました。その対話は、伝統的な安全保障に加え、金融経済などを含む包括的なものです。ところが日本には、国家の総合安全保障戦略を構築する組織がありません。本来ならば、その組織を中核にして、軍事、エネルギー、環境、金融、インフルエンザ問題などを統合的に捉えて、総合的な安全保障戦略を構築しなくてはいけないはずです。それが無いわけですから、グローバルリスクに対して、日本が本格的な貢献をするのは困難と言えます。各国同士、国益をかけて、エネルギー、食糧、環境さらには軍事的な問題において、衝突する局面は今後もかなりあると予想されます。現在、世界政府は無いわけですから、国家間のアナーキーな状態を踏まえての安全保障戦略を日本も構築し、実行せざるを得ません。アメリカは、そのアナーキーな状態を自らが安定させるとして、第一次ブッシュ政権において、自国に世界政府の役割を担わせようとしました。しかし、そのグローバル覇権への野心は、結局、頓挫しました。そして、オバマ大統領は、国家間の協調と相互依存に、米国の生きていく道を見出そうとしています。そのような動きの中で、グローバル・ガバナンスの重要性が浮かび上がってきました。

 グローバル・ガバナンスのアクターとして、国家、国際機関、NGO、グローバル企業そして新たに地域共同体が加わりつつあります。EUなどの地域共同体と地域諸国間の会話の場としても機能するAPECなどの役割が、今後のグローバル・ガバナンスにおいて重要視されていくと思います。世界政府の無い現状では、国益の衝突を防ぐ仕組みが大事です。そう意味でも、国益と地球益のバランスを取る中間体としての地域共同体の役割に期待するところ大です。

 これからの世界というのは、金融経済の多くは市場が担い、生活に関係する分野は、地方政府が責任を持ち、残された外交と安全保障に関してのみ国家が行なうような時代になっていくと思います。しかし、外交と安全保障をアメリカに依存している日本の場合、地域主権を実現したならば、中央政府は殆どやることが無くなってしまうことを恐れます。

 その日本が依存するアメリカのオバマ大統領は核の廃絶を提唱しましたが、その前に行うべき核の先制攻撃廃止と核の共同管理には言及しませんでした。核の共同管理とは、アメリカの核を背景とした政治と外交におけるパワーを管理機構に棚上げすることですから、口が裂けても言えなかったのでしょう。そして、いつになったら実現できるかも分からない核の廃絶を錦の御旗にして、核の拡散を防いでいこうというのがアメリカの真意です。その核の拡散を含むグローバルリスクを管理するためにも、グローバル・ガバナンスの役割は大事であり、その一角に日本は食い込んでいかなくてはいけません。グローバル・ガバナンスの必要性を訴えるためにも、日本がどのようなリスクにさられているかを明確にし、そのリスクをマネイジするためのグローバル・ガバナンス戦略を提唱すべきです。

 まず中国リスクです。中国の軍事費が、過去20年で21倍になったというデータが、中国の軍事的拡大を裏付けています。中国は、通常兵器の軍事力においては、米国にはかないませんが、何とか対抗せんとして、弾道ミサイルまた巡航ミサイル、サイバー攻撃などを強化する非対称アプローチを取ってきています。中国が、地域拒否などの軍事的抑止力を強化するのは、歴史的な背景、さらには、長い国境線と民族問題もあり、それなりに理解できないことではありません。ただ心配するのは、安全保障のジレンマ、すなわち、中国の軍事的拡大が周りの国々を心配させ、中国に対抗しての軍備増強に追いやってしまうことです。そのような安全保障のジレンマに落ち込まないためにも、中国との複合的な話し合いの場合を多く持つ必要があります。先ほど、ASEAN諸国が中心になって、東アジア共同体構想を進めていくという話がありました。しかし、ASEAN自体は、そんな力があるとは思いません。ただ、ASEAN地域フォーラム、東南アジア友好協力条約などに見られる協調的な姿勢と話し合いの場としての機能は価値があると考えます。非軍事的な問題を中心に、それらを解決するために、まずお互いの信頼感を醸成し、それから話し合いで具体策を決めていくアプローチは、高く評価すべきものです。日本が安全保障を考える場合、ASEAN諸国のこのようなコンセンサスづくりを参考にすべきです。ASEANが行なっているインフルエンザの蔓延、海賊、天災への対応など、すなわち非伝統的安全保障の分野における協調的な安全保障のアプローチは、価値観と体制の違う中国でも取り込みやすいと思います。

 もう一つの脅威は北朝鮮です。冒頭で述べたように、我々の同胞が拉致されたままです。おかしいことに、日本政府は正式に北朝鮮に対して、拉致被害者を返せとは言っていません。

 さらに、ノドン、テポドンのミサイルを日本に向けて配備しているのも北朝鮮です。日本政府は、そのようなリスクに関して、どのように日本を防衛するかの説明責任を果たしていません。日本は、専守防衛を国是としています。守りはするけれども、攻撃しないという考えですが、そのような横綱相撲は、国土が狭小な日本には無理なことは、多くの国民も分かっているはずです。その軍事上の不備を補ってきたのが、アメリカの攻撃力です。結局、日本は、中国の核、北朝鮮の核に対して、アメリカの核の傘として拡大抑止能力に頼らざるをえないという状況に甘んじてきたのです。このアメリカへの軍事的従属は、非軍事的な分野、例えば、金融、交易などにおける日本の譲歩につながってきたと思います。日本はアメリカとの同盟関係を冷徹に捉えるべきです。同盟は、当然のごとく、未来永劫続かず、その時々の状況において、変わりうることを肝に銘じておくべきです。例えば、日本はアメリカの核の傘に守られているから大丈夫だと言われています。しかし、台湾の独立の動きに端を発し、米中が戦争状態に突入し、中国が日本にある米軍基地をターゲットに核攻撃を仕掛けても、アメリカは自国民の命を犠牲にしてまで、中国に核攻撃を行なうとは思えません。中国は、アメリカの核攻撃に反撃できる移動式のIBM、潜水艦から核ミサイルを発射するSLBMも配備しており、その第二撃能力により、日本に対するアメリカの核の傘は有効に機能しなくなっています。そのような事実を踏まえて、日本をどうやって守っていくかという真剣な議論が政治にも、国民にも欠けていると言わざるを得ません。

 先ほど、集団的自衛権行使の話をしましたが、その集団的自衛権を、最小限の自衛権を超え、違憲であると、歴代の政府は解釈をしてきました。鳩山さんも、違憲路線をとっていくと言明しています。しかし、日米安保条約も読み方によっては、日本に集団的自衛権の行使を許しています。しかし、今のままの政府解釈ですと、北朝鮮がアメリカに向けてミサイルを打っても、日本はそれを撃ち落すことはできません。現在装備されているペトリオットPAC−3、イージス艦のプラットフォームから発射されるSM−3では、アメリカに向かって、300キロ以上の上空に行くミサイルは撃ち落せはしません。よって、日米安全保障条約を双務的な内容にして、同盟国のアメリカを守れるミサイル防御システムにするのが、同盟維持のために必要と考えます。

 グローバリゼーションの時代、安全保障においても、今後、国際的な協調が強く各国に求められていきます。例えば、イラク、アフガンの紛争そしてソマリアの海賊問題解決のため、各国が協力する場合、協調安全保障という理念が結束力を高めています。そのような流れの中で、日本は集団的自衛権の行使はしないという安全保障の鎖国政策を取っています。今後、NATOの拡大、さらにはユーラシア全体の安全保障構想も出てくると思いますが、当然、参加各国が集団的自衛権を行使できるということが前提になっています。集団的自衛権を違憲のままにしておくと、安全保障に関する大きな国際協調の動きから孤立してしまうことになります。

 さらに、自衛隊の海外活動に対する法的制約、例えば、現在自衛隊に認められている武器使用権限では、他国の部隊が攻撃されても、武器を使用して彼らを守ることはできない。これでは、日本が協調的な安全保障の輪に入り、国際貢献することができません。その視点からも、集団的自衛権の政府による違憲解釈の見直しを、政治家は勇気を持って、国民に問うべきだと考えます。もともと集団的自衛権の行使というのを国連が認めたのは、それなりの合理的な理由があったからです。ある地域の国を常任理事国が攻撃をした場合でも、常任理事国の拒否権により、国連はその国を助けに行けない事態が生じてしまいます。それを避けるために、集団的自衛権は、国際的に認められた国家の自衛権であると国連は認め、常任理事会の承認を得ずに、攻撃された国を助けに行けるようにしたのがその理由です。日本は政府解釈でその国家主権としての自衛権を放擲してしまっているのです。

 日本の安全保障にとっての障害が幾つかあります。まず国家機密保持に問題があります。日本にはスパイを取り締まる法律が無く、ある国のスパイが日本の電子部品技術に関する情報を盗み、その技術を使ってミサイル開発に成功し、そのミサイルで日本を狙うことも可能なのです。よって、スパイ取締法などを立法化し、国家機密をきっちり守る備えを強固にすべきと考えます。

 それから、安全保障を広く国民の間で議論するためにも、安全保障に関する機密情報へ、国民の代表としての国会議員が必要に応じてアクセスできるようにすべきと思います。

 それから、武器輸出三原則というのがあります。これは、共産主義国家、国連による武器輸出禁止指定国と、紛争の渦中にあるか、紛争を起こしそうな国には、日本は武器を輸出しないというものです。その原則を三木内閣はさらに厳しくして、武器と武器製造関連設備も、どの国にも輸出しない方針に切り換えました。その後、ミサイル防衛に関するアメリカとの共同開発と製造に関しては、その原則を適用しないことにはしました。現在、各国は、武器とか防衛システムの共同開発を積極的に行っています。武器輸出三原則を見直さない状態のままですと、国際的な共同開発から孤立し、防衛産業の力が衰え、日本の安全保障上の国益を損ねることになります。

 安全保障において最も重要なことは、日本を守るという国民の意志です。しかし、残念ながら、多くの国民にとって、軍事とか安全保障というのは遠い世界になってしまっており、現実的な生活、経済などに興味が偏っています。この国民意識のままでは、日本人の命、財産、文化伝統を守るという国民の強い意志が確固としたものにならず、日本の安全保障を脆弱なものにさせます。それを打開するため、安全保障は生活、経済を支える基礎インフラでもあるとの認識を広く国民の間に浸透させるべきだと考えます。日本を守るという国民意志こそが、日本の抑止力を支えるものであり、その意志こそが、日本の現状における抑止能力に関する問題意識を生み出します。抑止に必要な懲罰的抑止能力と言うものがあります。例えば、ある国が日本を攻撃対象としてミサイルを撃つ寸前に、その発射を食い止めるためには、ミサイル基地を攻撃する能力を持っていることが前提になります。そのような能力こそが懲罰的抑止能力なのです。その能力は、国民意志の結集としての懲罰的抑止意志と、攻撃能力、そして敵対する国のそれらに対する評価の3要素により、懲罰抑止能力が決まります。

 日本は、専守防衛を国是としており、攻撃力は所有せず、抑止のための強い意志も欠如しているのが現実です。その結果、日本は自らで自らを守れない国になってしまっています。核リスクに囲まれた状況にある日本は、いまのままの従属的な安全保障の閉鎖国家のままでよしとするか、あるいは、グローバリゼーション時代の開かれた国際協調的な安全保障国家の道を進むかの岐路に立っています。進路を決めるにあたって、やはり、日本が直面している核リスクにどのように対処するかの戦略を考える必要があります。日本は、アメリカの核の傘に頼ってきましたが、既に、アメリカ対して第二撃能力をもつ中国の核に関しては、その核の傘はもう破れています。核を持つ北朝鮮も、アメリカに届くようなICBMを開発し、核の傘を破ろうとしています。その核リスクに曝されている日本に参考になる事例があります。冷戦時代、旧ソ連がSS−20という移動式中距離弾道弾を西欧諸国をターゲットに配備しようとしました。旧ソ連が何を狙ったかというと、自分たちの国土は聖地にして、対米核戦争の舞台を欧州に限定しようとしたのだと思います。それで西欧諸国は、その生存をかけて、旧ソ連と中距離弾道弾削減交渉を継続しながら、一方では、米国製の中距離弾道弾のパーシングIIの配備に踏み切ったわけです。中国に対してのアメリカの拡大抑止力は機能していない事実から、眼を背けることなく、その核脅威に対する脆弱性を補う戦略こそ、日本の安全保障の中核を担うべきです。常識的に考えて、日本が核脅威にさらされ、その抑止をアメリカに依存するということは、一国の生存を他国に委ねていることになり、独立国家としての本来の姿とは言えません。

 核廃絶の前に、各国による核の共同管理を実現するのが正しい順番だと思います。価値観も体制も同じである日米両国が、核の共同管理ができなくて、どうやって、価値観も体制も異なる国同士で核を共同管理できるのでしょうか。日本の核に対する脆弱性はかえって、北東アジアにおける平和と安定のバランスを崩す可能性があります。そのリスクを軽減するためにも、日本とアメリカが核を共同管理し、日本がその意志で核抑止能力を行使できるようにすべきです。核シェアリングのやり方は、イギリス式とドイツ式の2つがあります。イギリスはトライデント・ミサイルをアメリカから借りており、その核戦力をNATOに提供するが、自国が核脅威に曝された場合、独自の意志で核兵器を使えるようになっています。しかし、イギリスが借りているトライデント・ミサイルはアメリカの核戦略に組み込まれており、イギリスの意志とは別にアメリカにより使われる可能性があります。一方ドイツ式というのがあります。これはドイツに限らず、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコそしてカナダに適用されている核シェアリング方式です。アメリカとの協定により、有事の際、アメリカからの核兵器を有効に使えるように、核に関する諸々の協力体制、例えば、核に関する情報共有など日頃から行なうというものです。しかし、いざとなったら、米国大統領の指揮下で、譲り受けた核兵器を使用するというもので、独自にそれらの国々が核兵器を使用できるというものではありません。

 日本の独自の核抑止能力の重要性を話しましたが、安全保障上大事なことは、国の命運をかける戦略的判断において、日本が自ら決められる力と体制を備えるということです。アメリカのイラクへの戦闘部隊の派遣要請に対して、カナダは拒否しました。二カ国間同盟たる日米関係と異なり、カナダはNATOに入っていますから、NATO加盟国を背景に、アメリカに対して異論を唱えやすかったのも一因だと思います。一方、日本の場合、そのような背景の無い2カ国同盟ですから、どうもアメリカの圧力に押され、ついつい譲歩してしまうきらいがあります。よって、東アジア共同体構想の前に、日本がやるべきことは、日米同盟そして他のアメリカとの2国間同盟である米韓、米豪、そして米比をまとめてネットワーク化させることであろう。そのネットワークを、地域の社会・経済の基礎インフラとして機能させ、企業、NGOそして国際組織も仲間にして、軍事に加え非軍事的な問題を話し合いで解決する場としても活用すべきである。その地域ガバナンスの民主化への試みが、グローバル・ガバナンスへの道を切り拓くと確信します。そのネットワークが、ASEAN地域フォーラムと連携することにより、より幅広く、環境安全保障、経済安全保障さらには人間安全保障まで包摂する協調的な安全保障体制を生み出していくと思います。

( 2009年12月10日 / 鈴木壮治 )

※記事の無断転用・掲載は、厳禁する
鈴木壮治 / SOJI SUZUKI
一橋総研 統括責任者
株式会社日本リスク管理研究所・代表取締役
NPO法人・新日華産業技術フォーラム・理事
財団法人・日本科学振興財団・理事
一般社団法人・日中文化経済交流発展基金会・理事
日本ラオス文化経済交流協会・理事

静岡県浜松市出身。米国ペンシルヴァニア大学・大学院ウォートンスクール経営学修士(MBA)取得後、1975年 三井物産入社(化学プラント部)同社で2年間の米国研修を経て、1987年シティバンク入社。デリバティブ・ヘッジファンド担当のアシスタント・バイス・プレジデント。1989年からはチェースマンハッタン銀行のバイス・プレジデントに就任。その後、1996年に株式会社日本リスク管理研究所設立・代表取締役就任。現在に至る。共著に『宣戦布告「NO」と言える日本経済』(光文社)、『国家意志のある「円」』(光文社)、『アメリカ信仰を捨てよ』(光文社)、『「日本浮上」プロジェクト』(ブックハウスジャパン)などがある。
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