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酒井吉廣の″米国・これが真実!″

第21回 2016年の米大統領選挙予備選(3月17日段階):データ等で見る『ドナルド・トランプ』と今後の注目点

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

Endorsement《エンドースメント》とDelegate《デリゲート》で見るトランプ支援数の違い

 ここに3月13日時点の二つの比較数字がある。

 一つは、マルコ・ルビオ:168、テッド・クルーズ:50、ジョン・ケーシック:32ドナルド・トランプ:29。

 これは大統領選挙の調査分析組織FiveThirtyEight《ファイブ・サーティ・エイト》が公表している共和党の知事、上下両議院による支持《エンドースメント》の割合である。知事に十票、上院議員が二票、下院議員が一票というウェイト付けがなされている。ルビオ氏が断トツだった。

 共和党のエスタブリッシュメントがトランプ氏やクルーズ氏ではなく、ルビオ氏を指示している、というメディアの報道は、この数字に表れていた。

 もう一つは、トランプ:460、クルーズ:370、ルビオ:163、ケーシック:63。これは日本のメディアでもよく取り上げられるようになった予備選の結果だ。3月13日現在での各州の代議員数《デリゲート》の合計では、トランプ氏がリードしている。

 ところが、そのルビオ氏は、3月15日の予備選で、地元フロリダ州でトランプ氏に負けたこともあって、大統領選からの撤退を表明した。彼の撤退表明の演説を聞いてみて貰いたい(ユーチューブ:3月15日のルビオ氏の演説:https://www.youtube.com/watch?v=LM9Op8i0ZiE。まず内容の前に、彼への指示が如何に強いかがわかる。筆者の知る2000年以降の大統領選挙における撤退演説では、恐らく1、2を争うほど支持者の声援が強いものだったと思う。

 もう一つ興味深いのは、この演説がルビオ氏の予備選期間中の中でも1、2を争うほどの名演説だったと感じることである。ブッシュ氏(元大統領の弟)に次いで、ルビオ氏も、トランプ氏の政策論争とは異なる議論に負けたという印象を受ける。

 この段階で、メディアの言う「共和党のエスタブリッシュメント」が支援できる候補はケーシック氏だけとなった。因みに、3月15日時点の、共和党の残り三人の《エンドースメント》の数字は、テッド・クルーズ:67、ドナルド・トランプ:40、ジョン・ケーシック:37となった。

 ルビオ氏やブッシュ氏などの有力視された候補の撤退は、《エンドースメント》の数字が、現在も予備選を戦う三名の合計よりも撤退した候補者の合計が約二倍という異常事態となっている。

トランプ氏の人気と不人気の理由は同じ?

 2016年の大統領選挙は、米国の不動産王と呼ばれるトランプ氏が三月一日のスーパーチューズデー後も優位に戦い、七月の共和党大会で正式に候補として指名される可能性を高めてきている。一方、三月三日には共和党の外交分野の重鎮達が署名入りの公開レターでトランプ氏が大統領候補に相応しくないと批判をした。ロムニー前共和党大統領候補や他の支援者などもこれに同調している。現象面だけを見れば、最有力候補の政策案が従来の共和党本流の伝統的な立場から外れていることを理由に、共和党は民主党と戦う前の段階の内紛でエネルギーを使い尽くしてしまうリスクもあるような事態も起こっているのだ。

 この現実をデータで示しているのが、冒頭のエンドースメント値の比較である。

 メディアの論調からは、トランプ氏の人気と不人気の背景には共通点があることがわかる。

 彼が米国政治の現状への不満の代弁者であり、且つその弁舌が鋭く、言葉だけでなく現実に実行に移せる可能性を感じさせることにある。また、大統領としての世界の名うての政治家たちと渡り合える強さを感じさせる。だが、「不法移民の流入を防ぐ政策を作る」という点では全国民の気持ちを代弁していても、対メキシコ国境に壁を築くという言葉は極端過ぎるため、庶民には解り易さも手伝って人気があっても、知識人には敬遠されるという現実もある。この違いが、冒頭の現職政治家の支持数に表れているのだ。

 もっとも、オバマ大統領が三月十日に語ったように、トランプ候補の政策案は極端に過ぎるが、他の候補も基本的には類似の路線にあり、これは現在の共和党候補者の基本線といえる。従って、エリートや知識人から見れば極端過ぎる発言で上品とは言い難いトランプ候補も、実は共和党の政策を強く推進するための発火装置的イメージさえあると言っても過言ではない。

 ブッシュ氏やルビオ氏の敗北の理由と同じく、彼が米国での人気を維持している背景には、彼を支持する人も批判する人も声高に議論するため、どちらの立場であってもトランプ氏のメディア露出度が非常に高いというメリットを受けているということもある。

 以下、米国の有権者が具体的に米国政治の何に不満を示しているのかを明確にして、改めてトランプ候補がここまで躍進してきた背景と、今後の可能性を見ておきたい。

オバマ大統領の政策に対するアンチテーゼ

 現段階で予備選を戦っている候補は、ケーシック氏を除いてTPPに賛成していない。オバマ政権が真剣に取り組んできた通商交渉に対して、民主・共和の違いに拘らず、反対の姿勢に濃淡こそあれ、基本的に賛成していないというのは、現在の米国政治を考えるうえで特徴的な現象だ。TPPはアジア太平洋圏で自由貿易を行うためのもので、それは参加国にプラス効果を与えるものと言われている。勿論、結果はスタートしてみないとわからない。しかし、これが大手企業に有利に働いても庶民(労働者レベル)には決してプラスとは言い切れない、という反対意見が根強いのも事実。そして、この意見に呼応するかのように殆どの大統領候補がTPPに賛成していないのだ。

 今回の大統領選挙は、各候補の目線が従来以上に庶民に照準を合わせているとの特徴を持つ。米国民が、自分達の雇用や生活を守り、生命の安全を保障してくれる大統領を選ぶのは常に同じである。しかし、従来は“本音と建前”論として米国民の背景には米企業があり、この両者は常に表裏一体での政策対象であった。時として米企業の利益拡大が米国民にまで伝わらず大企業優先との批判が出たことがあるのも事実である。

 ところが、ブッシュ政権末期に起こったリーマン・ショックとオバマ政権になってからの、労働者にとって現実に利益を感じられない「景気回復」は、庶民にプラス効果を与えていない。また、中東を中心とした紛争の拡大に伴う米兵の生命の危険の増加などに対する不満は、第二次大戦後続いた強い米国を前提とした外交政策を続けることが困難になりつつある現在、もはや米国民の幸福の追求には限界がある時期に来た、という共通の認識を作りつつある。極端に言えば、国民は現政権の七年間に「強い米国の政治経済構造」が劣化したのではないかとの疑念を持ったのである。

 それへの反応として、共和党ではトランプ候補の極端に右寄りを感じさせる政策姿勢に人気が集まった。つまり、現状の問題解決策として、小さな政府と極端な愛国思想に軸足を置いて「米国民のための偉大な米国を再建する」と主張するトランプ候補の、本来共和党が持っていた性格を先鋭化した意見が人気を集めたというのが現実だ。

 従って、エリートや知識人から反トランプの意見が出たことについては、単純にトランプ候補に対立する動きと見るだけよりも、この対立により、トランプ氏を(一般的なメディア等の論調にあるものより)洗練された言動の政治家に変身させるとともに、反トランプの力を結集することで、共和党内の対立を、感情を交えた非難合戦から、政策論を競う伝統的なものに戻す目的もあると見ておく必要がある。

 なぜならば、彼等の目的は、共和党が七年間失ってきた政権の座に返り咲くことにあるからだ。現状のような戦いを続けて時間とエネルギーを浪費した後に、オバマ政権の問題点を修正した政策案で大統領を目指す民主党候補と戦って勝つのは容易ではない。

 メディア等の議論を総括すると、トランプ氏以外の候補で結集した方が、共和党が政権を奪還できると考える人が、エスタブリッシュメントには多いようではあるが、実際に七月の共和党大会までどのように展開するかは非常に注目されるところである。

メキシコ国境に壁は出来るのか

 トランプ候補と言えば、メキシコとの国境にメキシコの予算で壁を作ると主張していることで有名であるが、法案は議会が決めるものであり、実際の審議期間等を考えれば、たとえ彼が大統領になっても、一期目に法案を通すことは難しいだろう。仮にトランプ候補が大統領としての権限を行使して移民法を修正しようとしても、裁判所は法律を作る権限のない大統領に対して、大統領権限に基づく実質的な法改正を簡単には認めない筈だ。また、米国の場合、議会が二年の会期中に可決できる法案は数パーセントに過ぎず、この中に本案を含めること自体が難しい話である。

 既述のように、共和党の重鎮の一部を中心にトランプ候補の極端な発言や政策案の批判が出たこともあり、彼自身、3月11日のフロリダの討論会では過激な発言を控えていた。ユダヤ人協会等とのやりとりでも、既に洗練され始めた新しいトランプ像を見る向きもある。

 加えて、彼独特のビジネス的な感覚であろうが、例えば、彼は最低賃金を15ドルに引け上げることが米国の経済にマイナスだとしつつも、それに真っ向からは反対していない。耳触りの良いことで聴衆を捉える彼の戦略は、経済的弱者への取扱いなど耳触りの悪いことには明確な意思表示をしない姿勢にも繋がっている。これは、クルーズ候補やルビオ候補が最低賃金の引上げはロボットに労働を譲る布石となるなどの理由を挙げて反対しているのとは明らかに異なる。

 トランプ候補は、不動産王と呼ばれる優れたビジネスマンで、商談成功のために何が必要かにフォーカスすることは得意な筈である。一方、トランプ氏が経営するオンライン大学などの実態を見ると、負の側面も見えてくる。彼の強みとして、負の側面をどうカバーするか、また前言撤回などによる軌道修正など、従来の政治家が気にする点を、気にも留めないという点もメディア等が指摘してきた。

 従って、今後の予備選挙は、トランプ候補が今後も国民への人気を保ちつつ、共和党保守派等からの知識と支援を勝ち取って、ブッシュ政権時代のブレーンを集めることで、過激で愚かと批判された態度を、大統領候補に相応しい雰囲気に変化していけるか、という問題意識で見ていくと、米国の保守政党である共和党の動きをより深く見ることが出来るだろう。

( 2016年03月18日 / 酒井吉廣 )

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酒井吉廣 / YOSHIHIRO SAKAI
一橋総合研究所 正会員
日本銀行にて、営業局(現金融市場局)、考査局副調査役、信用機構室調査役(マクロ・マネタリーポリシー、ミクロ・プルーデンスポリシー、およびペイメント・システムの中央銀行の三機能に従事)など十五年勤務。その後、アメリカ公共政策研究所(American Enterprise Institute)に主任研究員として三年勤務。現在は、戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Study)客員研究員、および関西学院大学非常勤講師。米国犯罪学会員、米国企業再生委員会会員、国際公共経済学会会員、米国リスクマネジメント協会会員。APECや日米財界人会議など欧米での講演、TV・ラジオ出演、FTやInternational Economyなどの英字新聞・雑誌への寄稿多数。「ハンドブック・CMBS(商業用不動産ローン担保証券)」(エール大学ファボッチ教授著)の翻訳を金融財政事情研究会より、「逆プラザ合意」をオーエス出版より出版。
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