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酒井吉廣の″米国・これが真実!″

第十二回 金融・証券市場混乱でドル安は続く模様

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

歴史のある金融機関もあえなく“退場”

 3月17日、八十年の歴史を持つ米国のベアスターンズ証券が、JPモルガンチェース銀行に買収されると発表された。この前週末の3月14日には、NY連銀が商業銀行でない同社に対して、JPモルガンチェース銀行経由で緊急の資金供給を行ったため市場に驚きが走った。しかしそれ以上に、それから僅か三日後の買収発表と、その相手が同じJPモルガンチェースで、買収価格が2億36百万ドル、一株当たりの価格にすると僅か2ドルと、前週末の市場価格の十五分の一しかなかったことは、よりショッキングな出来事として市場に受け止められた。

 ベアスターンズは、ヘッジファンド取引とモーゲージ(住宅および商業用不動産担保ローン)取引に強みを持つ全米第五位のインベストメントバンクで、昨年には株価が一時170ドルを超えるなど、サブプライム問題が表面化するまでは、順風満帆の金融機関であった。アジアでのビジネスが手薄だったため、中国のCITIC証券とジョイントベンチャーを設立する話も進んでいた。サブプライム問題が表面化するまでは、リーマンブラザーズと並んで、ヘッジファンドとの強固な関係を魅力として「買収したい金融機関」に幾度となく名前があがったものの、その株価の高さと、金融界では珍しく従業員持ち株比率が三割と上場企業平均を上回るなど組織の結束力の強さを武器として独立を保ってきた。1998年にヘッジファンドのLTCMがロシア危機とCMBS(商業用モーゲージ担保証券)危機で破綻した際には、NY連銀が市場の混乱を回避するためLTCMとの取引を急に解消しないよう米国の主要金融機関を集めて依頼したものの、それに応じなかったため、独自性の非常に強い組織として注目されたこともある。

 つまり、長い伝統と特色あるウォールストリートの金融機関がサブプライム問題であっけなく姿を消すこととなった。昨年7月にヘッジファンド関連の損失を16億ドル被って以来、トップマネジメントの交代や、更なる損失の拡大などが繰り返し発表され、結局、再建策を作る暇もないままの退場なのである。

 今回のベアスターンズの実質破綻は、金融技術への過剰な信頼と、取引の偏りは、高度なリスク管理を行っていても破綻に繋がるほどの問題の発生を防げないことを教訓として残した。市場取引に関連する仕事に従事している人なら誰でも知っていることだが、金融機関は、通常リスク管理の際には「ヒストリカル・データ」を使った万一の場合の損失額予想を行う。つまり、過去何年間かの市場価格の変動幅を使って、その範囲内で市場が動いた場合の損失を計算するのである。これまでに金融市場を揺るがせたような事件が発生した際の取引価格の変動が再び起こった場合にどうなるかを測定する「ストレステスト」も行っている。リスク管理の基本である。

資本注入も効果なし

 しかし、こうした過去の経験に基づくリスク管理は、従来の市場構造が崩壊する過程では何の役にも立たないことを、今回のサブプライム問題は示した。しかも、ベアスターンズの実質破綻は別の手法を取り入れない限り命取りになることも証明してしまった。この結果、金融・証券市場の混乱は一段と長期化する様相を呈しており、為替相場はドルが一段と安くなるトレンドになりつつある。

 更に、今後の波及効果如何では、米国をリセッションに陥れるリスクも再び強まってきた。過去の全ての金融危機の教訓は、銀行の自己資本が毀損した場合には速やかに資本注入すること、これが各国当局の共同認識であり、これの実行は市場に安心感を与え、それが実体経済に影響することを遮断してきた。ところが、今回は、その教訓が繰り返されていない。その理由は、サブプライム問題が、ベアスターンズ以外にも引続き根強く陰を落としており、第二、第三のベアスターンズの存在を疑う状況が市場に蔓延しているからである。これは、金融業界の雇用減少に繋がるだけでなく、将来を不安視する金融機関が企業への資金供給を細めることで実体経済の動きも鈍る、という連鎖に発展しかねない。

 これまで、公的資金を個別の金融機関に注入しないことが、市場心理を抑える最後の砦であったのだが、今回の一件で壊れてしまった。しかも、間髪を入れずの同社の身売りは、中央銀行の資金注入だけでは最早ストップできない問題となっているイメージを創り出してしまった。市場心理だけでなく、この状況をメディアで知る米国人の消費マインドは恐らく冷えるだろう。

 サブプライム問題は、金融技術を駆使した商品となって世界中に拡がっている。これを止める方法は短期的には見当たらない。日本がバブル崩壊で経験したように、金利を下げることは理論的には有効な筈でも“個人を含めた全市場参加者の心理が前向きにならない限り”効果が顕現化しない。そして、現在の世界市場のもう一つの特徴である、原油などの資源市場、つまり「金融・証券とは別の市場でのバブル現象」に繋がるだけ、との見方も可能だ。

 ブッシュ大統領の経済政策が動き始めるには未だ三ヶ月ほどかかる。それまでの繋ぎが出来るかどうか、米国民の消費者マインドはどう動くのか、引続き米国経済は薄氷を踏み続けざるを得ない状況となってしまった。

経済界2008年4月15日号掲載

( 2008年04月21日 / 酒井吉廣 )

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酒井吉廣 / YOSHIHIRO SAKAI
一橋総合研究所 正会員
日本銀行にて、営業局(現金融市場局)、考査局副調査役、信用機構室調査役(マクロ・マネタリーポリシー、ミクロ・プルーデンスポリシー、およびペイメント・システムの中央銀行の三機能に従事)など十五年勤務。その後、アメリカ公共政策研究所(American Enterprise Institute)に主任研究員として三年勤務。現在は、戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Study)客員研究員、および関西学院大学非常勤講師。米国犯罪学会員、米国企業再生委員会会員、国際公共経済学会会員、米国リスクマネジメント協会会員。APECや日米財界人会議など欧米での講演、TV・ラジオ出演、FTやInternational Economyなどの英字新聞・雑誌への寄稿多数。「ハンドブック・CMBS(商業用不動産ローン担保証券)」(エール大学ファボッチ教授著)の翻訳を金融財政事情研究会より、「逆プラザ合意」をオーエス出版より出版。
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