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酒井吉廣の″米国・これが真実!″

第十一回 カストロの引退でキューバはどう変わるか

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

注目は経済政策。政経分離で資本主義に移行か

 フィデル・カストロ大統領が49年間続けたキューバのトップの座から退くことを宣言した。フロリダから僅か155キロのところにある反米で唯一のオーソドックスな共産主義国の大統領が辞任することは、米国を始め世界の今後の動向に一つの試金石を投げかける可能性がある。

 世界中のメディアの殆どは、彼の後継として弟のラウル・カストロ氏か、経済改革推進派であるカルロス・ラーゲ氏のどちらかが、次の大統領になると予想しているが、大勢は前者が濃厚だとの見方にある。ラウル氏は、2006年に同大統領が病気で倒れて以降、実質的に代理を務めてきた人物であり、この二年間の経験で集団指導体制の中心としてキューバを上手く指導する能力があることを示した。また、現体制の多くが望む穏やかな経済改革により共産主義を守りながらも国民の生活水準の向上を図る政策を採用していくと言われている。

 逆に、急進的な経済改革を取りうると予想されているのが、56歳でキューバ危機などのカストロ大統領の苦闘を知らないカルロス・ラーゲ氏だ。どのメディアにも共通するのは、それが急進的であれ緩慢であれ、キューバの次の議長がオーソドックスな共産主義で停滞した経済改革を進行させるであろうと予想していることである。表現を変えれば、資本主義社会に徐々に近づいていくというものだ。

 しかし、今後5年間のキューバは全く別の流れを世界に見せる可能性がある。キューバの知識層には中国が成功しつつある政経分離、つまり共産主義の政治体制のもとでの資本主義的な経済発展の実現を目指す向きが多いと言われている。世界中のマスコミがキューバ経済の資本主義への移行を予測する理由はこの点にある。ところが中国とキューバでは決定的に異なる状況がある。それは国民の平均的な生活満足度だ。ニューヨークには、米国に亡命して必死にお金を稼ぐ人と、政府の承認を受けて国連等で働く人の二種類のキューバ人がいる。どちらもキューバには変革が必要であることを認めるが、後者は今の生活の良さを強調する。高水準の医療を無料で受けることができ、教育を含めた基礎的な生活は基本的に国家が保障しているため、キューバ人には生活に安心感があると。米国に来ているキューバ人で最も経済的に成功しているのはプロ野球選手だが、彼らとて国家が提供する社会システムの中で野球のプログラムに参加できたから今があるのだ。

ベネズエラと共に新しい中南米経済モデル模索へ

また、キューバでは米国大統領選挙や日本の政界でも話題となっている格差問題が深刻なものとなっていない。中国内でも深刻化しつつあり、中国型国家運営を志向するベトナム等の新興国でも配慮しているのが格差問題であるが、キューバにはそれがない。これは、中国のような巨大な国土と十億を越える人口を抱えていないとの条件に加え、資本主義の影響を軽微に止められているからだ。そして、これこそがカストロ大統領の長い戦いを支えた理想であり、資金不足による国家経済の疲弊を理由に次々と共産主義国が消えていく中で、唯一キューバだけが中国のようには資本主義経済との共存を志向しないオーソドックスな共産主義を維持することが出来た理由でもある。

 その一方、フロリダで生活する亡命キューバ人は、米国の中で決して生活水準が高い人達ばかりではなく、犯罪に手を染める不法労働者的に扱われる人も少なくない。それでも、彼らの多くはキューバで生活するよりも今の米国での生活の方がましだと考えており、キューバが一日でも早く民主主義に移行して米国のような資本主義経済を実現することを望んでいる。1961年にCIAがカストロ政権転覆を企てて1500人の亡命キューバ人を帰国させようと企てることが出来たのも、このようなキューバ人が米国にいたためだ(ピッグス湾事件)。

 しかし、世界経済のフラット化と資源価格の高騰は、カストロ大統領が志向する社会に活路を与える方向に動きつつある。

 同国の南に位置するベネズエラではチャベス大統領が独裁政権の色彩を強めつつも国内経済の共産主義化を推進しており、他の中南米諸国にも彼を見習う国が現れている。この動きを嫌う米国が経済的な締め付けを行おうとしても、中国や中東諸国が直接ベネズエラ等と貿易を行うため問題が発生することがない。経済的な対立軸が太くなっても軍事的な脅威とならない限り、米国としても世界の世論があるため何も出来ない。そして、これらの国の存在はカストロの理想をキューバが今後も続けることを支援する。

 国民の貧困と国家財政の破綻という過去の共産主義国の致命的な問題を、中国とは異なる形で実現しているのがキューバなのだ。またアジアとは異なるこの流れは、米国型資本主義社会の凋落の流れが始まった中で、それに変わる一つの新潮流となる可能性もある。

 ベネズエラ等の資源富裕国は米国の企業に投資すると同時に米国の貧困層に対する寄付も始めており、静かに自分達のプレゼンスを拡大しようとしている。この現実が大きなうねりになるのか、一時的な現象で終わるのか、引退後もエッセイを発表し続けるとするカストロ大統領と、その後継者によるキューバの運営の仕方が一つの試金石になろうとしている。

経済界2008年3月18日号掲載

( 2008年04月14日 / 酒井吉廣 )

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酒井吉廣 / YOSHIHIRO SAKAI
一橋総合研究所 正会員
日本銀行にて、営業局(現金融市場局)、考査局副調査役、信用機構室調査役(マクロ・マネタリーポリシー、ミクロ・プルーデンスポリシー、およびペイメント・システムの中央銀行の三機能に従事)など十五年勤務。その後、アメリカ公共政策研究所(American Enterprise Institute)に主任研究員として三年勤務。現在は、戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Study)客員研究員、および関西学院大学非常勤講師。米国犯罪学会員、米国企業再生委員会会員、国際公共経済学会会員、米国リスクマネジメント協会会員。APECや日米財界人会議など欧米での講演、TV・ラジオ出演、FTやInternational Economyなどの英字新聞・雑誌への寄稿多数。「ハンドブック・CMBS(商業用不動産ローン担保証券)」(エール大学ファボッチ教授著)の翻訳を金融財政事情研究会より、「逆プラザ合意」をオーエス出版より出版。
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