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酒井吉廣の″米国・これが真実!″

第三回 中南米支配の“象徴”ブレイディ・ボンドの消滅

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

通貨危機、銀行倒産、超インフレを“救援”

 80年代の中南米における累積債務問題を解決する流れを作った「ブレイディ・ボンド」がいよいよ世の中から消え去ろうとしている。今年に入って、ブラジルとベネズエラがブレイディ・ボンドの買戻しを発表したが、これが実現すると97年のピーク時には1480億ドルあった残高は、101億ドルにまで減少する。しかも、この残高には八十年代の別の債務も含まれており、実質的には残高が概ね消滅する筋合いなのだ。そして、このことは中南米諸国が米国からの独立性を強めつつある最近の政治的態度に強く影響している。

 ブレイディ・ボンドとは、80年代前半から中南米諸国が債務返済不可能となり始めたことに危機感を強めた米国政府が、彼らに米国等の信用力を利用して外国投資家のリスクマネーを呼び込むことで問題回避しようとした案に基づいて発行された債券のことだ。この名称は、先進国の大手投資家(特に銀行)に購入させるための非常に大変な一連のプロセスを、世銀・IMFと協力して成功させたニコラス・ブレイディ財務長官の名前にちなんでつけられたものである。

 当時のエマージング諸国の国債は、そのリスクの大きさから殆ど流動性がなかった。しかも、これら諸国の債務が焦げ付いているのだから問題は更に深刻であった。そこで、ブレイディ長官は、各国の焦げ付いた融資および債券を、当該諸国が保有する米国債や他の格付けの高い債券、さらに世銀・IMFの支援を利用した担保付きのドル建て債券に入れ替えることで流動性をつけることに成功した。さらに、発行者である中南米諸国にとっては、この債券を十年や三十年という長期間、利払いなしのディスカウント債で発行できるとのオプションもあったため、年間債務返済額の減少にも繋がった。一方、当該新債券を銀行が保有した場合にはオフ・バランス資産として認められたため、邦銀を含む先進国の多くの銀行がこの債券を購入したのである。

 このため、ブレイディ・ボンドは順調に消化され、当時の中南米諸国を債務返済不能から救い出すことを実現した。そして、完全返済までの途中、現実にはなかなか問題解消に向かわない各国の財政状況に翻弄され、99年にはエクアドルがブレイディ・ボンド発行国として初めてデフォルトするような事態も発生したものの、その後は03年にメキシコが最初の債務完済国となるなど、順調な買い戻しが進み、現在の状況に至ったのである。

 このブレイディ・ボンドは、何世紀にもわたる通貨危機、銀行倒産、超インフレなどに悩まされ続けながらも、米国政府および米銀が中南米諸国との付き合いを絶やさなかった結果として得られた教訓に基づいている。すなわち、ブレイディ長官は、中南米諸国の大らかな態度を見抜いて、コンプライアンスにあまり拘らず、単純に債務返済だけを目指した内とした。このことは、現在の中南米諸国の経済取引におけるルーズさに繋がっているとの批判もあるものの、その一方で、彼らは彼らなりの努力を続けて、日本や欧州等との貿易などを拡大させて経済力を回復し、今日では、ブレイディ・ボンドを消滅させるほどの経済成長を実現したのである。勿論、アルゼンチンのように最近になって別の問題で破綻に瀕した国もある。しかし、債券購入者と各国の自由な借換え交渉を許容することによって各国の返済コストを大幅に削減させることを出来るようにしたブレイディ・プランの発想は、長い年月をかけながらも間違いなく中南米諸国を蘇らせることに繋がったのである。

 この間、米国は、軍事面で冷戦中の左翼ゲリラ掃討、その後の麻薬戦争を理由に政府軍の強化を行った一方、経済面では世銀・IMFとの合意であるワシントン・コンセンサスに基づいて、今の日本に対するのと全く同じように「経済改革、自由化、民営化」の三つを実行させるべく指導し、五年ほど前まで中南米支配の強化に成功してきたのである。

成功の秘訣は文化、考えの尊重

 ところが、ブレイディ・プランの遂行によって、経済的な成功を納めるためのノウハウを学んだ諸国を中心に、南米で反米、離米の動きが進行し始めた。特に、米国のヘッジファンドでの成功者を大蔵大臣としたブラジルや米国の指導に基づく経済自由化が失敗したウルグアイ、原油資源を豊富に持つベネズエラ、天然ガスを持つボリビア、ベネズエラとの石油パイプライン建設を進めるコロンビアで、米国の強圧的な態度への不満が噴出している。これらの国々は、EUや中国、ロシアと接近することで経済的な基盤強化を図りつつ、米国の覇権に反旗を翻しつつある。特に、一昨年の西半球国防相会議において、米国が求める反テロ体制強化の要請を(南米ではテロ対策は重要事項ではないとして)拒否する事態に至ったことは、百年を超える米国の南米支配に終止符を打つ流れをつける転換点となったとまで囁かれているのだ。

 これは、南米の実情に見合った政策ではなく、自らが信奉する世界の民主化を強引に推し進めようとしたネオコン的な米国の発想が失敗した結果である。

 ブレイディ・プランの成功の秘訣は、中南米が持つ特有の文化や考え方などを受入れて、当時の金融の常識から見れば奇抜とも言える発想を採用したことにある。そして、同プランを遂行して経済力を立て直した複数の国では、自分の国にあった自分流の経済、自分流の社会を作り上げるべく、ネオコンの米国との対立を始めたのである。南米諸国は、ブレイディ・ボンドが消滅しようとしている現在、ブレイディ財務長官から教わった考え方を基本に、米国と決別して生きる方法を模索していると言える。

「経済界」2006年4月4日号 掲載分

( 2006年05月10日 / 酒井吉廣 )

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酒井吉廣 / YOSHIHIRO SAKAI
一橋総合研究所 正会員
日本銀行にて、営業局(現金融市場局)、考査局副調査役、信用機構室調査役(マクロ・マネタリーポリシー、ミクロ・プルーデンスポリシー、およびペイメント・システムの中央銀行の三機能に従事)など十五年勤務。その後、アメリカ公共政策研究所(American Enterprise Institute)に主任研究員として三年勤務。現在は、戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Study)客員研究員、および関西学院大学非常勤講師。米国犯罪学会員、米国企業再生委員会会員、国際公共経済学会会員、米国リスクマネジメント協会会員。APECや日米財界人会議など欧米での講演、TV・ラジオ出演、FTやInternational Economyなどの英字新聞・雑誌への寄稿多数。「ハンドブック・CMBS(商業用不動産ローン担保証券)」(エール大学ファボッチ教授著)の翻訳を金融財政事情研究会より、「逆プラザ合意」をオーエス出版より出版。
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