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前田高昭の【海外メディアで読む論点・原点】

第14回 追加金融緩和から衆議院選挙まで −真の審判は総選挙後へ

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

昨年10月末から年末にかけて日本は矢継ぎ早に経済金融上の重要政策を決定し、海外メディアの注目を浴びた。10月末の日本銀行による追加金融緩和、11月の安倍政権による消費再増税の延期、そして安倍首相による衆議院の解散と12月の総選挙の実施である。以下に、こうした政府日銀が打ち出した一連の政策日程に関する主要メディアの論調の概略を順次観察したい。

日本銀行は10月31日、追加金融緩和を電撃的に発表し、市場を驚かせた。日銀は2013年4月に異次元金融緩和と称される量的質的緩和を導入した。今回は、その第2弾(注1)になり、第1弾と同様に量的および質的緩和(注2)からなる。

デフレ脱却に不可欠な追加緩和

まず、日銀の追加緩和を歓迎する論調から観察しよう。11月3日付フィナンシャル・タイムズは「インフレ公約に執着する黒田総裁(Kuroda sticks to his inflationary promises)」と題する社説で、日本には経済をデフレから脱却させる以外に選択肢はないとし、それには今回のような思い切った金融緩和の追加が必要だと論評する。記事は、消費増税が一因となって日本経済が減速し始め、日銀が掲げる2%のインフレ目標の達成を危ぶむ声が出てくるなか、黒田総裁は断固としてこれに反論したと述べ、中央銀行は滅多に市場に衝撃を与える行動を起こさないものだが、黒田総裁の決断は賞賛すべきだと評する。

政府にもやるべきことが山積み

同時に安倍首相に対して、政府としてやるべきことが多々あると述べ、硬直的に過ぎる労働市場の改革、自由貿易協定の推進、企業が積み上げた現金の支出督励などを挙げる。さらに、多額の公的債務に対処するには経済の名目成長が必要だと指摘、追加緩和には日銀内でも懸念が表明されたが、インフレ目標に失敗した場合の影響の方がはるかに深刻だと述べ、黒田総裁は追加緩和宣言で市場を驚かせたが、それでもインフレ期待が低いままであれば、さらなる追加緩和に踏み出すべきだと主張する。

追加緩和でなく改革推進を

こうした論調に対し、10月31日付ウォール・ストリート・ジャーナルは社説「Japan’s Wizards of Ease(日本版記事:日本の「イーズ」の魔法使い―緩和拡大ではなく改革推進を)」で、量的緩和を追加しても財政政策と規制改革の失敗を埋め合わせられないと主張し、今回の日銀の行動を、デフレという不安定で危険な大釜、すなわち、泥沼の財政、改革の進まない労働市場、ぬるま湯につかった国内企業、そして人口の高齢化などが詰まった大釜から魔法のようにインフレを作り出そうとする無鉄砲な試みだと批判する。

そのうえで、安倍首相と黒田総裁は依然として国際通貨基金(IMF)が唱える呪文、すなわち、財政の悪化と公的債務の増加という犠牲を払って政府支出を膨張させるという処方箋を実行していると述べ、これは日本政府が過去20年間も続けてきた政策であり、そのために政府支出を賄う消費増税、それに伴う経済成長に与える悪影響に対処するための金融緩和、そして通貨切下げが必要になっていると指摘する。

さらに社説は、日銀の追加緩和が安倍首相の約束した「3本目の矢」の実施を回避する松葉杖になり下がり、日本を一段と競争にさらす自由貿易政策も、生産性向上に必要な労働市場改革も、移民増加策もすべて政策日程から姿を消したと批判、金融政策自体は財政政策や規制政策を乗り越えられるものではないと改めて指摘し、投資の増加や効率化を促進する改革なしでは、日本企業は世界市場でシェアを失い続けるだろうと警告する。

追加緩和は無謀な施策

さらに、11月20日付フィナンシャル・タイムズは「日本の景気刺激策は果敢というより無謀な施策(Japan’s stimulus plan is not courageous but foolhardy)」と題する論説記事(筆者は国際決済銀行元調査局長で顧問を務めたウィリアム・ホワイト)で、世界の中央銀行が採用する前例のない信用拡大政策のなかでも、今回の日銀の動きは群を抜いているとし、成長刺激には不要で役に立たないばかりか、グローバル経済に深刻な悪影響を与えるリスクを孕んでいると厳しく批判する。

人口動態が成長低迷の主因

記事はその第1の理由として、日本の成長低迷の主因は人口動態にあると指摘し、日本ではそれ以外の要因によって成長率は低迷しておらず、デフレも加速していないと主張する。具体的には、生産年齢人口の1人当たりGDP成長率は2000年以降、米国を上回っており、日本の消費者物価は過去15年間で4%弱下落したに過ぎずデフレが加速している証拠はなく、物価下落を予想して消費者が支出を控えている証拠もないと述べ、実際、家計貯蓄率は1990年代からは伝統的な高水準からゼロまでに低下していると主張する。

円安よりも消費増強策が必要

第2に、日銀の意図は企業を投資と輸出へ導くことにあるが、日本の大企業は以前から有利な借り入れ条件の恩恵に浴し、すでに多額の現金を積み上げている。また中小企業は、円安の恩典を受ける輸出は少なく、むしろ円安によって輸入品やサービス・コストの上昇に直面している。こうした状況の下では、安倍首相が約束した構造改革が相応に実施されない限り、日銀の施策は奏功しない。円安よりも、消費支出を増やす施策の方が効果的だと主張する。

早急に財政赤字の削減策を:以上のように述べた記事は、さらに日本の財政赤字と巨額の公的債務に触れ、経済成長が伸び悩み、国債金利が上昇するような事態になれば、日銀が赤字国債を引き受けるマネタイゼーション(monetisation)の進行とそれに伴うインフレ高進の懸念から国債金利の上昇と円安への圧力が加速し、それがさらに高水準のインフレを招くという悪循環が発生すると主張する。また日銀が円安防止のため金利を引き上げれば、デット・サービスが増加し、国債金利はさらに上昇し、これを避けるため円安を放置すれば通貨戦争が起きると述べ、円安防止策として米国債を売却も効果的かもしれないが、米国債市場に重大な影響を与えると指摘、さらに日銀の危機管理能力の喪失が明らかになれば、世界各地で信頼感が深刻な影響を受けるだろうと警告する。したがって、日本政府は早急に財政赤字の削減対策に動くべきだと強調、日本政府が動かない場合のリスクは、我々すべてに取ってあまりにも大きすぎると主張する。

以上、今回の追加緩和に関する賛成論と反対論を見てきた。しかし、結論をみると両者の間には大きな差異はないと言えよう。反対論として紹介したウォール・ストリート・ジャーナル社説は、追加緩和を批判してはいるものの、自由貿易政策や労働市場改革さらには規制改革を求めており、実質はアベノミクスの「第3の矢」の早期実施を求める内容である。また、追加緩和を無謀な策と批判するフィナンシャル・タイムズ論説記事も、政府による消費奨励策と財政赤字対策の必要性を説いている。これに対し、賛成論も、特に経済の名目成長を求めるフィナンシャル・タイムズ社説にみられるように、第3の矢の実現を待ち望んでいる点では変わらない。

消費再増税延期と衆議院解散は正しい決断

そうした状況のなか、安倍首相は11月18日、消費再増税の2017年4月までの延期と、衆議院の解散および総選挙の実施を宣言する。これに関連して同日付ワシントン・ポストは社説「米国は日本の経済回復に対する支援を強化せよ(The U.S. can do more to support Japan’s economic recovery)」で米政府に対し、概略次のように提言する。

消費増税の延期や衆議院の解散総選挙は、アベノミクスが全て順調だったわけではないと認めることになり、安倍首相にとって苦渋の決断だったに違いない。だが、このふたつの決断は正当なものだ。日本経済は第2四半期に7.3%、第3四半期に1.6%のそれぞれマイナス成長に陥り、再び不況に突入したからだ。4月の消費増税は巨額の公的債務に対処する意図が込められていたが、安倍氏にとって裏目に出た。彼が原子力発電所の再開など政治的に難しい措置を含めてアベノミクスをやり遂げるつもりならば、有権者からの新たなマンデートを必要とする。人気は下降しているが、マンデート獲得は間違いないとみられ、米国内の日本の友人は、彼の成功を祈るべきだ。

グローバル経済と米経済のために最善の安倍政権

ただし、安倍氏への支持は総合的な視点から判断すべきだろう。防衛分野では、彼は日本をより強力な国防的考え方に導こうとしてきた。これは必要なことであり、米国とアジアの利益に合致するが、時に過剰な国家主義的言動を伴っていた。経済改革でも、実行を伴わない掛け声を繰り返してきた。例えば、国民の反発を恐れて硬直的な労働市場や保護された農業の改革を避けてきた。しかし、野党は弱体で、安倍首相やアベノミクスに代替する力を持ち合わせていない。グローバル経済と米経済のために日本経済の回復が不可欠と考える者にとって、安倍内閣は現状では最善の政権だ。

TPPの早期妥結で安倍政権を支援せよ

こう論じた社説は、米国が行動や言葉で示せることで、環太平洋経済連携協定(TPP)の早期締結ほどアベノミクスを支援するものはないと述べ、TPPの市場開放規定によって、日本の農業やビジネスの非競争的な慣行を変える動きに拍車がかかるだろうと主張する。そのうえで、オバマ政権がいまだに議会に対し、本取引の推進に必要な貿易促進権限を求めるまでにいたっていないことに触れ、この権限が認められれば、米政府は国内の反対を押し切ってTPPを成立させる決意を示すことになり、安倍首相も国内の反対を抑えることが容易になるとし、このことは早ければ早いほど効果が上がると提言する。

衆院解散は一種の賭け

11月23日付フィナンシャル・タイムズは「日本の挫折はアベノミクスの終わりではない(Japan setback will not be the end of Abenomics)」と題する社説で、衆院解散には疑問を投げかける一方で、消費再増税延期には支持を表明する。社説は、総選挙によって経済をリフレ政策から引き離してはならないとの副題を付けて概略次のように論じる。

安倍首相は第3四半期の経済実績が悪かったことから解散総選挙に打って出たが、2年前に選挙を済ましたばかりであり、国民はあまり歓迎していない。しかし、消費再増税の延期の決断にはしっかりした根拠がある。財政改善にはデフレ退治と緩やかながらも経済成長を実現することが役立つからだ。解散総選挙はこの決断とアベノミクス全般に対する信任投票と言えるが、野党陣営にアイデアがない状況を計算した一種の賭けであり、投票率が低いと見られるのも与党連合に有利だが、裏目に出て政権に対するマンデートが低下するリスクもある。

アベノミクスは失敗していない

こうした政治経済上の不確実性のために、政府が政策の焦点をぼかしてしまうことが懸念されるが、アベノミクスが失敗したと言うのは時期尚早だ。物価は15年ぶりに安定し、日本企業は史上最高に近い収益を上げ、雇用は実質的に完全雇用状態にある。これが賃金の持続的上昇に結びついていないのが問題だが、安倍首相にはまだ打つ手が残っている。女性労働者の収入に関する税務上の取り扱いの手直しや大企業による賃上げと配当金の支払増の促進、革新的アイデアを後押しするベンチャー・キャピタルの育成などの施策である。

消費者や労働者重視に転換せよ

さらに、デフレ脱却には、政策の重点をこれまでと変える必要があり、生産者や大企業から消費者や労働者重視にシフトすべきだ。そして、インフレが定着したら、企業の新陳代謝を加速させ、価格、賃金、消費、生産が上向いていく好循環を促すような措置を積極果敢に打ち出すべきである。日本はデフレを退治するうえで、この10年間で最高の機会に遭遇しており、今は躊躇せず、断固として前進すべき時だ。

以上のとおり主要メディアは、衆院解散に関しては賛否両論に分れるが、消費再増税の延期には理解を示すととともに、追加緩和に関する論調と同様、ここでも政府に成長戦略の推進を促す意見でほぼ一致している。問題は、それをいかに実現するかであろう。総選挙の狙いは、メディアの一部が指摘するように、そのための国民からの新たなマンデート獲得にあるとも言えよう。だが、与党連合は解散前に衆参両院で多数支配を実現していながら、成長戦略を十分実行できていなかった状況では、ワシントン・ポスト社説が提言する米政府の支援、とりわけTPPの早期妥結という外圧の方が追い風になるかもしれない。いずれにせよメデイアは、総選挙後の新政権の対応を注視している。

成否を決するのは経済再生問題

こうした状況のなか、総選挙が実施され、自公連合が圧勝し、衆議院で3分の2を超える議席を獲得した。まず、この選挙結果を歓迎する論調からみていく。12月15日付フィナンシャル・タイムズは社説「安倍首相にとって日本再生の機会は限られている(Abe’s limited window of opportunity to fix Japan)」で、庶民はまだアベノミクスの恩恵を肌で感じていないが、それだけに選挙民が安倍首相の野心的な改革追求の努力に忍耐を示したのは歓迎すべきことだと論評する。そのうえで、安倍氏の首相としての成否を判断するうえでの中心的課題は日本経済の再生だと指摘し、首相としてさらに4年間の任期を確保した現在、安倍氏は新たな信任をばねにして、その野心的な改革政策を遂行し、世界第3位の経済に持続可能な成長を取り戻さなければならないと主張する。

何としてもデフレを退治せよ

こう論じた社説は、安倍首相にとって明るい材料もあるとして、労働市場の逼迫、追加緩和による円安の進行、そして原油安を挙げ、こうした要因が日本企業にとって追い風になれば、アベノミクスを機能させる見地から、消費者にもその恩恵の一部を分与すべきだと提言する。安倍政権は、企業に配当金の支払い増を迫る企業統治ルールの確立で前進したが、それ以上に、インフレに合わせて賃金を引き上げるよう企業に求める必要があるとし、労働力が逼迫するなか、企業に対する説得に加え、利益剰余金への課税措置の検討などを通じて企業に圧力をかけられると主張する。さらに、環太平洋経済連携協定(TPP)を梃子にして国内の反対勢力に立ち向かい、生産性を向上させる構造改革を推進しなければならないと述べ、デフレ退治にまい進すべきだと説く。

注目される企業統治指針

上述の企業統治問題について12月1日付ウォール・ストリート・ジャーナルが「The Real Referendum on Abenomics(日本版記事:アベノミクス、真の審判は総選挙後―初の企業統治指針に注目)」と題する論説記事(筆者は公益社団法人・会社役員育成機構(BDTI)の代表理事ニコラス・ベネシュ)で、日本にとって最も必要な政策は労働と資本の生産性増強だと述べ、そのために必要な施策として、企業統治の改善、労働移動規制の緩和、移民の受け入れを挙げる。そして、そのリトマス試験が、金融庁と東京証券取引所が事務局となって進めている国内初の企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)の最終案が正しくまとめられるかどうかだと指摘する。

さらに記事は、政府は6月に発表した成長戦略で、「ルールに従うべし、さもなければ説明せよ(comply or explain)」という最善の慣行(best practice)を示すガバナンス・コードを普及させることで企業収益を拡大させるという大胆な目標を掲げており、この最善の慣行を国内の強力な業界団体の抵抗を乗り切って最終案に反映させられれば、安倍政権は成功したことになると主張する。そうした最善の慣行として具体的に、取締役会への最低3分の1以上の独立社外取締役の導入、独立社外取締役のみを構成員とする諮問委員会(取締役の選任や役員報酬、さらにマネジメントバイアウト交渉や値決めなど経営者の利益が株主の利益から逸脱する可能性のある問題を取り扱う)の設置などを挙げ、選挙後の自民党政権にその実行を迫るとともに実現に期待感を表明する(注3)。

構造改革を推進せよ

12月15日付ワシントン・ポスト社説「国民の信任投票を得て結果を出す必要に迫られた日本の指導者(Having received a public vote of confidence, Japan’s leader now needs to deliver results)」も、低投票率のなか、与党連合は衆議院で3分の2以上の議席を獲得し、停滞していた改革を進める政治力を得たと指摘、安倍首相の賭けは成功したと述べる。ただし、その経済政策のうちで最も重要な第3の矢、すなわち構造的経済改革があまり進展していなかったとし、安倍首相は記者会見で企業に賃上げを求めると発言したが、より効果的施策は、不人気かもしれないが、雇用と解雇を容易にする労働改革だと述べる。同様に、TPPを含む自由貿易協定の締結を通じて構造改革の大半を達成できるはずだが、9月の対米交渉では鍵を握る農業補助金の分野で相応の譲歩をしなかったと批判する。そして、日本政府がこの問題に現実的に対処し、TPPを前進させる姿勢を明確にすれば、中間選挙後の米議会も大統領に貿易促進権限を付与する動きを加速させるだろうと指摘する。

靖国参拝は回避すべし

記事はさらに、安倍首相の進める国家主義的な政策として同盟国支援のため軍事力の行使を認める憲法解釈変更の問題に触れ、こうした憲法解釈の変更は有意義だとし、そのために国会の承認を得て法整備を進める安倍政権の努力に期待を表明する。ただし、それ以上の国家主義的な政治活動として靖国参拝を挙げ、これを避けるのが賢明だと主張、日本の再活性化という野心の成否は、あくまで経済の健康回復にかかっていると強調する。

心がこもっていない選挙結果

以上のような与党の勝利を歓迎するか、好意的に受け止める見方に対し、12月15日付英ガーディアンは「安倍再選について:選挙は成功したが、国民の信任は不明確(The Guardian view on Shinzo Abe’s re-election: it paid off, but it was no ringing endorsement)」と題する社説で、今回の総選挙結果を一言で表現すれば、有権者は自民党に圧勝をもたらしたが、心がこもっていない不可思議な結果だと冒頭でコメントし、次のように疑問と警告を発する。

投票率が戦後最悪の水準にあるなか、しかも幅広い層の国民が安倍氏の主要な経済政策に対する信頼を失い、安倍氏の国防安保政策に疑問を抱いているにもかかわらず、安倍首相の率いる与党連合は3分の2以上の議席を得て、向こう4年間にわたる政権の座を確保した。実際、多くの人々が、棄権した、あるいは、経済と政治の両方で問題を引き起こすかもしれない、それほどお気に入りでない政党に投票した、などと語っている。

だが、有権者がそうした心理状態に陥ったことについては、差し迫った理由がある。これまでのところアベノミクスの経済に与えた影響は短命で、一般市民を以前より貧困にしたからだ。特に、安倍首相がこれから全面的に取り組もうとする農業や医療、貿易に関する構造改革によって、少なくとも短期的には、企業、特に輸出業界は恩恵に浴するとしても、一般市民の生活は困難を増すばかりなのだ。また野党はあまりにも足並みが乱れ、安倍氏の冴えない実績に乗じて得票を伸ばせなかった。

二重の拘束衣を身にまとってきた日本

こう論じた社説は、次いで日本はもっと深刻な問題に直面していると以下のように警告する。日本は戦後に近代的な政治システムを構築して以後、二重の拘束衣を身にまとってきた。ひとつは国内における拘束衣で、強力な官僚と手を組み、特定の利益団体によって支えられた自民党による半永久的な支配である。ふたつ目は外交面での米国との特別の関係である。対米関係は、日本に経済分野で大幅な自由をもたらしたが、外交政策では米国の言いなりで、実態的に何も生み出さなかった。むしろ、これが一因となり日本は対中関係の緊張を高めてきたとの厳しい批判を受けている。

日本には民主党が政権を握った5年前、新たな再出発の機会があった。民主党は新しい構想を持っていた。すなわち、国内政策では強力過ぎる官僚制を抑制し、対外政策では米国の中国封じ込めに単純に従うのではなく、より多くの選択肢と影響力を行使することであった。しかし、米国は鳩山首相(当時)に肘鉄を食わせ、沖縄の米軍基地問題の妥協に向けた彼の希望を頓挫させた。彼の後継者は無力であっため、幻滅した有権者は民主党に愛想をつかし、安倍氏の経済再生の公約と国家主義者的な言辞に応えて2012年の選挙で地滑り的な勝利をもたらした。

地獄の辺土に舞い戻る日本

こう論じた社説は最後に、ほかに選択肢を失った日本が着慣れた拘束衣を身にまとい拘禁状態に戻るなか、有権者の自民党に対する支持は心がこもっておらず、彼らが何を望んでいるかも不確かだが、その恐怖心は鮮明だ、と今回の選挙に臨んだ有権者の論理と心理を分析し、日本は再び地獄の辺土に迷い込むような深刻な事態に直面していると指摘、その進路に疑問と警告を発する。

回転ドア式政治に戻りたくなかった有権者

12月20日付英エコノミスト誌記事「日本の選挙 安倍の習性(Japan’s election The Abe habit)」は、低投票率の中で実施された総選挙で自民党は議席を減らしたが、公明党が盛り返したことで自公連合では1議席増やし、解散総選挙の決断は正当化されたと冒頭で指摘する。しかし、勝因については、有権者は以前のような回転ドア式政治に当面戻りたくなかったのだ、との米コロンビア大学のジェラルド・L・カーティス政治学教授の見方を紹介する。そして、安倍首相は今後4年間、国政を担う長期政権となり得る基盤を固め、経済再生と庶民の生活改善に全力を注ぐと誓ったが、家計収入は上昇し始めたインフレに追いつけず、消費増税後に一般世帯からの需要は急減し、アベノミクスの成功に疑問符が付いたと指摘、米格付け機関のムーディーズ・インベスターズ・サービスが日本国債の格付けを1段階引き下げたことにも言及する。

ただし、消費再増税の延期や労働市場の逼迫、3.5%という低失業率を挙げ、賃金は間もなく上昇するだろうと予測、安倍首相は幸運だと指摘する。そのうえで、問題はこの幸運を安倍首相がいかに活用するかだとし、安倍首相が選挙前に農業、医療、労働市場の弾力化と電力自由化を公約し、とりわけTPP交渉の進展も間近いと発言したことに触れ、構造改革に真剣な姿勢を明らかにしたとして期待感を表明する。

狙いは歴史の書き換えと憲法改正

だが、右翼の政治家でナショナリストである安倍首相の真の狙いは、経済を手段として国家の誇りを取り戻し、歴史を書き換えたり、憲法を改正したりすることにあると指摘する。ただし、こうした動きは大規模な人心の離反を引き起こすだろうと述べ、連立相手の公明党が改憲に慎重なことや親密な関係にある極右の次世代の党が選挙で敗北し、反対に共産党が議席数を増やしたことなどを挙げ、大半の国民が望まない試みは成功しそうもないと予言する。

以上のように述べた記事は最後に、選挙中に安倍首相が構造改革にあまり言及しなかったと指摘、これは官僚の他に党内にも多数の反対者がいるためだと分析するが、選挙の勝利で前進しない理由がなくなったと述べ、4月の統一地方選挙、2015-16年の予算編成、集団的自衛権の法整備、原発再開などの問題を挙げて今後3か月から4か月間が安倍氏と日本にとって正念場になると指摘する。

以上、総選挙の結果に関する主要メディアの論調を主として社説から観察した。選挙結果を歓迎するメディアは、選挙の勝利によって構造改革を進めないわけにはいかなくなった、あるいは、そのための基盤を固めたと指摘し、アベノミクスの第3の矢の前進とデフレ克服、経済再生に期待を示す。その具体策として企業に対する賃上げや利益剰余金活用の要請、企業統治指針の確立、労働改革、TPP交渉の加速などを提言する。ただし、安倍首相の経済政策に期待を示すメディアも、その国家主義的動きに警戒感を鮮明にしていることに留意する必要があろう。

同時に、多くのメディアが3分の2の多数支配は国民の熱狂的支持を得た結果ではないと指摘する。その意味で、ウォール・ストリート・ジャーナルが企業統治指針に関して述べているように、安倍政権に対する真の審判は、全て選挙後の政策動向にかかってきたと言えよう。また、ガーディアンが総選挙結果について有権者の心がこもっていないと指摘し、日本の政党政治のあり方に深刻な懸念を表明していることも、重大な警告として重く受け止める必要がある。差し当たり、エコノミスト誌が強調するように今後の3,4か月間が新政権にとって正念場となる(2015年1月13日)。


(注1)この異次元緩和の第2弾では、通貨供給量(マネタリーベース)の増加ペースを現在の年間60〜70兆円から年間約80兆円に増やし、そのため長期国債の購入額を約30兆円増やして年間約80兆円とし、平均残存期間も7年〜10年程度へ最大3年間程度延長する。また上場投資信託(exchange-traded funds.ETF)と不動産投資信託(Japanese real estate investment trusts.J−REIT)も年間購入額を3倍に引き上げ、それぞれ約3兆円、約900億円とする。なお、第1弾では、今後2年間を目途に消費者物価の年率2%の上昇率達成、そのための通貨供給量および長期国債、上場投資信託の保有額の2年間で2倍への拡大、買い入れる長期国債の平均残存期間(償還までの期間)の2倍以上への延長を掲げていた。

(注2)10月31日付ビジネス・ウィークは、今回の日銀の措置をQQE2と略称し、特に質的緩和(qualitative easing)の内容について次のように説明する。「量的緩和が対象を絞らず資産全般の金利引き下げを狙っているのに対し、質的緩和は特定の資産をターゲットとして価格を引き上げ、利回りを引き下げる試みである。日銀が買い取る債券の大半は日本国債だが、ETFや不動産投信も小規模ながら購入し、ターゲットにしている」。つまり、今回の追加緩和は、国債とETFや不動産投信の金利を引き下げ、長期金利の上昇防止を狙っていると解説している。

(注3)企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)について12月12日付ロイター通信は、有識者会議(座長=池尾和人慶応大教授)が8月に初会合を開催し、株主総会の開催時期、取締役会の機能、独立社外取締役の人数や役割など、企業統治に関する諸問題について計8回にわたって議論を展開してきたと述べ、金融庁・東証は12月12日に最終原案を公表したと報じる。その内容については、上場企業において「独立社外取締役を少なくとも2人以上選任すべき」と明記し、独立社外取締役の複数選任を求めたことが大きな柱となっており、1人以上の選任を努力義務とする現在の東証の上場規則より踏み込み、また3分の1以上の独立社外取締役を選任する場合には取組方針を開示すべきとされたと報じる。東証は、今回まとめられた基本的な考え方をもとに新たに「コーポレートガバナンス・コード」を策定し、上場規則化のうえ2015年の株主総会に間に合うよう6月1日から適用することを想定していると伝える。

( 2015年01月13日 / 前田高昭 )

※記事の無断転用・掲載は、厳禁する
前田 高昭 / TAKAAKI MAEDA
日本翻訳協会会員、日本英語交流連盟会員、バベル翻訳大学院(USA)プロフェッサー
東京大学法学部卒。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東銀リース(株)に勤務。銀行では内外拠点で広く国際金融業務に従事。アジア、中南米、北米(ニューヨークに6年半)などに在勤。東銀リースでは中国、香港、インドネシア、フィリピンなどでの合弁企業の日本側代表、また国内関連会社の代表取締役社長を務める。リースは設備・機械・プラントなどの長期金融を業とし、情報機器、船舶、航空機などが代表例。現在はバベル翻訳大学院(USA)で国際金融翻訳講座を開講するほか、バベル社翻訳誌「リーガルコム」の「World Legal News」欄に毎号寄稿。同誌を承継したWEB版「The Professional Translator」に現在、定期寄稿中。訳書に「チャイナCEO」(共訳)ほか。米英ジャーナリズムのアジア、日本関連記事を翻訳、論評する「東アジア・ニュースレター」をメルマガに連載中。
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