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前田高昭の【海外メディアで読む論点・原点】

第10回 東京五輪と消費増税

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

9月9日(現地時間8日)、ブエノスアイレスで開かれていた国際オリンピック委員会(IOC)は、2020年夏季五輪の開催地を東京に決定した。マドリッド、イスタンブールとの激戦を制しての勝利だった。海外の主要英文メデイアもこのニュースを一斉に大きく報じた。さらに、その約1か月後の10月1日、安倍首相は消費税を2%引き上げ5%にすることを正式に表明した。このニュースも主要メデイアは大きく伝え、論評した。以下に東京五輪と消費増税に関する主要メディアの論調をお伝えする。

東京五輪―多様な見方の主要メデイア

■安全な選択だが、原発汚染水対策が1つの焦点に

まず9月8日付ワシントン・ポストは、20年に及ぶデフレと今なお回復途上にある原発事故と戦う日本の東京が候補地に選ばれたと報じる。中東が動乱にまみれ、欧州の一部の国で失業率が底なしに悪化するなか、東京は安全な選択だと訴えて圧勝したと述べ、今回の五輪開催は人口が高齢化し、若者が悲観的かつ内向き志向を強めている日本にとって、一つの転換点になるとのベンチャー企業家のコメントを紹介、その意義を伝えるとともに、東京を候補地として選抜するに当たり福島原発の汚染水漏洩対策が1つの焦点になったとし、今後の問題点として報じる。

■五輪は国家開放のチャンス

次いで、9月9日付ウォール・ストリート・ジャーナルは社説「Hope for Tokyo's Second Olympics(日本語電子版:2度目の東京五輪に託す希望―国家「開放」のきっかけに)」は、日本が五輪を契機に再び国を開き、地域と世界に貢献することに期待を表明、五輪を環太平洋経済連携協定(TPP)と並んで日本が国を開くきっかけとして位置づけ、同時に移民受け入れの重要性を指摘する。概略は次のとおり。

東京が2020年夏季五輪の開催地に選ばれたのは、「安全な選択」だったとする見方があるが、この大会が日本と周辺地域、世界を奮起させるイベントになると予言しよう。1964年の東京五輪は戦後の日本が国際舞台に復帰する象徴的イベントとなった。それから半世紀、日本も五輪活動も大きくつまずいている。東京は景気停滞と、福島第1原発の炉心溶融を招いた政府の稚拙な運営で知られるようになり、2008年北京五輪は、自由化を促す原動力になるともてはやされたが、中国共産党が社会をコントロールする新たな手段を得るきっかけとなった。来年のロシア冬季五輪も、権威主義体制の虚栄心を満たすプロジェクトにすぎない。しかし、ロンドンが昨年示してくれたように、正しく実行しさえすれば、五輪は国家精神を盛り上げ、自信を高める力を依然として持っている。日本がまさに必要としている高揚力だ。

安倍首相がTPP交渉参加を受け入れたことで日本が競争相手に国を開く期待が高まっているが、問題は、利益団体による政治的駆け引きと日本を部分的鎖国状態にしておくことを望む社会的惰性にある。それは間違いなく日本の衰退につながる。論理的と考えられるのが、安倍改革の範囲を広げ、国境を移民にも開放することだ。そうでなければ日本の人口は縮小する一方だ。日本は歴史上、国家的コンセンサスが突然変化する場面を何度も経験してきたが、幸運にも、この民主主義の時代にあって差し迫った戦争も革命もない。

したがって、大胆な開放を望む人たちにとっては、決起する別のきっかけが必要だ。東京で行われる2度目の五輪がその中核的な役割を果たす可能性がある。日本は、戦時の恨みを晴らさんとするかのような中国の台頭をはじめ、多くの難題に直面している。日本が経済的に復活し、民主主義を導く光となって周辺地域をリードできるかどうかは、これまで日本の発展に大きく貢献してきた開放性を再び受け入れられるかどうかにかかっている。2020年五輪が日本の経済的・政治的な復活に弾みをつけるきっかけとなれば、五輪活動にも新たな息吹が吹き込まれるだろう。

■五輪はアベノミクスのデッドライン

9月8日付フィナンシャル・タイムズは論説欄に「2020年の東京はカムバック・キッド(Tokyo 2020: The comeback kid)」と題する記事を掲載、東京五輪はアベノミクスの第4の矢ではなく、他の3本の矢の成否を決するデッドラインになるとし、概略次のとおり論じる。なお、カムバック・キッドは、苦境を切り抜け任期を二期務めたクリントン米元大統領が自らをこう呼び、愛称として定着したことで知られる。

東京が2020年夏季五輪の開催招致に成功した。1964年五輪が日本の国際舞台への平和的な復帰であったのと同様に、日本はカムバックした、と少なくとも支持者は主張しよう。問題は、祝賀ムードの陶酔が覚めた後も、そのカムバックを五輪とは関係なく順調に維持できるかどうか、そしてリスクは、世界最大のスポーツの祭典を主催することが、これまで頭を悩ませてきた問題の一つにならないか、ということだ。福島原発事故によるエネルギー供給の逼迫や汚染水問題、回復の兆しは見せたが微妙な経済情勢などの問題に加え、第2四半期の経済成長が当初の2.6%から上方修正されれば、来年の消費増税実施の公算も高まる。増税による価格上昇に伴い、1997年のように回復間もない消費が粉砕されると、五輪効果もまったく役立たずになろう。

東京都には、資金をばら撒く計画はない。野村によれば、インフラや設備支出は昨年の国内総生産(GDP)の0.2%程度と予想されている。これは1964年当時の支出額が巨大プロジェクトや新幹線計画などでGDPの3.6%に上ったことと比較しようもない。少なくとも、日本の公的債務を大きく増やす懸念はないだろうが、今の予想は初期段階のものだ。英国もロンドン五輪の経費を当初30億ポンドと見積もったが、最終的にはその3倍に達した。五輪獲得は、安倍首相の第4の矢にはならない。むしろ、他の3本の矢の成功を図るデッドラインになる。そのデッドラインに間に合ったとき、初めて3本矢は達成されたことになろう。とはいえ、カムバック物語の成功ほど、スポーツファンが熱狂するものはない。

以上のように記事は、五輪は安倍首相が抱える大きな問題、すなわちデフレ克服、巨額の公的債務や福島原発、さらには消費増税への対応などに新たな問題を付け加えることになりかねないと指摘、第4の矢ではなく他の3本の矢の成否を決するデッドラインになるとし、この期限に間に合わせアベノミクスを達成すべきだと論じる。これはまさに五輪を第4の矢とする見方と正反対の主張である。

■今後7年間にのしかかる五輪費用

さらに9月14日付英エコノミスト誌は「日本と2020年五輪(Japan and the 2020 Olympics)」で、日本は予想外の魔力を発揮して勝利したが、問題は五輪の費用だと概略次のように論じる。

東京都民は2016年の五輪誘致の際には熱意に欠けていたが、今回は都民の70%が招致を支持し、国際オリンピック委員会(IOC)の心を掴んだ。都民の支持率は、東日本大震災と大津波、それによる福島原発事故後に急増した。都民の熱意を再燃させるのに災害が必要だったというのは、不可解かもしれないが、東京都は五輪が復興を支援すると執拗に売り込んだのである。ただし結局、東京の招致委員会は解決が長引く福島原発の一連の問題のため、最終段階では守勢に回らざるを得なくなり、安倍首相は放射能漏れを防ぎ、IOCにアスリートの安全を保障するため4億7000万ドルもの資金集めに奔走することになった。

東京は、メイン・スタジアムは1964年当時のものを改修するが、37の設備のうち22を新たに建設する。政府は総費用を4090億円と見積もり、3兆円の五輪関連収入の一部で賄うとしているが、これは専門家が2020年までに発生の可能性が高いとする巨大地震を考慮しなくても、途方もなく楽観的な数字と思われる。1964年五輪では、新幹線や高速道路など主要インフラの建設が始まったが、それより悪いことに、日本は増大する財政赤字補てんのための国債発行に取りつかれた。

費用の問題は、これからの7年間に大きくのしかかってこよう。安倍首相も今は、東京を燦然と輝く国際舞台に登場させたと自慢できるだろう。そして、東京招致は成長戦略に必要なカンフル剤になるかもしれない。だが、日本では7年間に7人の首相が交代している。安倍首相が2020年に首相にとどまり、五輪費用が追い詰められた経済に最後の止めを刺しても、その責任を取ることはなさそうだ。

記事は以上のように、五輪の開催費用に焦点を当て、前回の五輪で日本は赤字国債の発行に陥ったと指摘、今回の五輪については景気刺激効果に疑問を呈する一方、巨大地震のリスクにも言及しながら増大する費用が弱体な経済を破綻に追い込むかもしれないと警告する。

結び

以上、主要英文メディアの論調をいくつか見てきた。五輪獲得は、高齢化が進み、若者がやる気を失ってきている日本にとって転換期になる、あるいは、日本が国を開き地域と世界に貢献する大いなる機会になる、といった前向きな捉え方がある一方、景気刺激効果には限界がある、五輪獲得によりアベノミクスはデッドラインを突き付けられた、あるいは、増大する費用負担による経済の破綻リスクがあると警告する意見がある。前者はオーソドックスな見方と言えようが、後者の見方にも説得力がある。五輪獲得そのものへの批判というより、五輪成功に向けた進言として受け止めて対応すべきだろう。さらに、東京は他の2都市と比較して安全な選択という見方に対し、福島原発問題への対応の遅れという観点からの批判や懸念が示された。原発問題が、改めて早急に取り組むべき課題になったことを銘記すべきだ。

消費増税―見方が分れるメディアの論調

次に、消費増税に関する論調を見てみよう。海外メデイアは、比較的早い時期から、この問題について活発に論じていた。ここでは、そうした早い時期(7月頃)の論調から見ていくが、メディアの見方はこの問題でも多様であり、増税賛成論と慎重論、反対論に分けて順次観察する。

<増税賛成論>

■参議院選挙で得た政治的資産を活用せよ

7月30日付フィナンシャル・タイムズは社説「安倍に問われる消費税の難問(Consumption tax conundrum for Abe)」で、国民所得の250%に達する公的債務を抱える日本は、安定した借入環境を整備していく必要があると冒頭で述べ、消費税の引き上げがその出発点になるのは当然だと指摘する。その理由として、消費税収がOECD諸国のわずか半分である、消費増税には輸入品も含まれ預貯金をため込みながら所得税引き上げから守られている年金生活者も対象となる、経済成長率が第1四半期に年率4.1%の健全な伸びを示すなど増税環境が整った、ことを挙げる。

記事はまた、増税により経済が悪化した場合に備え、緊急対策として増税負担が大きい低所得層を対象とした所得減税を考えるのが得策だと指摘する。その上で、消費増税実施の決断は高度の政治的判断であり、安倍首相は歴代の首相が握りつぶしてきた不人気な増税案を実行すれば、参議院選挙の勝利で得た政治的資産を経済で活用することになると提言する。そして、財政出動や金融緩和策は政治的には安易な策だとの批判にこたえ、日本経済の抜本的見直しに取り組む真剣な姿勢を示すべき時が来たと強調する。

■タクソノミクスに加え、大胆な構造改革を

8月3日付英エコノミスト誌は、「日本の消費税―タクソノミクス(Japan’s consumption tax―Taxonomics)」で、安倍首相が消費増税を予定通り進めるべきか否かを意見具申するパネルを設置し、金融市場を驚かせたと述べ、この問題に対する政府の慎重な姿勢を伝える。首相顧問の浜田エール大学名誉教授は向う5年間にわたって毎年1%ずつ引き上げる案を提唱しており、パネルで検討予定だと報じる。ただし、今年第1四半期の経済成長率4.1%や雇用市場の改善などを引き合いに出し、消費増税そのものが葬り去られる可能性は考えられないと指摘、納税者も政治家が考えるよりも前向きに受け止めていると報じ、増税に肯定的な論調を展開する。

さらに10月5日付同誌は、安倍首相による10月1日の増税決断の表明を受けて、「日本とアベノミクス、増税の時(Japan and Abenomics Taxing times)」と題する論説記事を掲載、消費税の引き上げの決断に加え、もっと大胆な措置を講じるべきだ、と概略次のように論じる。

記事はまず、増税による年間7.5兆円の歳入増は少額だが財政再建への重要な一歩となると指摘する。安部首相は国の信認を維持し、持続可能な社会保障制度を次の世代に引き継いでいくため、経済の回復と財政再建を同時に追求せざるを得ないと表明したが、これは責任ある態度と思えると評価する。ただし、消費増税は有権者からしっぺ返しを受けるリスクを背負うが、それを回避するには、アベノミクスが機能しなければならないと主張、1997年の増税時と同様に、回復軌道にある経済が後退するのが懸念材料で、現に、円安による物価上昇に見合った賃上げがない現状、家計は財布の紐を締めざるを得ないと指摘する。しかし、安倍首相が増税と並行して打ち出した6兆円の追加的刺激策は無意味な施策だとし、日銀の金融緩和と円安、それに構造改革の公約が一体となって経済を押し上げ、この景気対策が永久に不要となるのが望ましいと主張する。

さらに、財政再建も不確かだと指摘する。安倍内閣の中で成長と公的債務削減をいかに両立させるかで争いがあるとし、また、法人税減税は正しい政策としても、消費増税が実施されるなか、減税に対し反発が起きるリスクがあるとして、消費増税により販売急減の被害を受ける中小企業の例を挙げる。さらに、建設や鉄道、道路などへの公共支出も大きな景気回復効果が期待できないとのエコノミストの意見を伝える。

記事は以上のように論じた後、最後に経済を正常軌道に乗せる最も効果的方法は、成長と税収増を共に促進する構造改革だと主張する。そして、安倍首相の人気が不気味なほど高く、議会に反対勢力がなく、自民党内にもライバルがいない今が、その最適のタイミングだと指摘、減反政策や雇用、解雇に関する労働規則の緩和など、岩盤と評される規制を打破すれば、それこそ過去の政治の失策を正すことになると提言する。記事は以上のように、消費増税に賛同するが、それだけでは不十分で大胆な構造改革が必要だと強調する。

<増税慎重論>

■増税は金融でアクセル、財政でブレーキを踏む政策

7月3日付フィナンシャル・タイムズ論説記事「日本はまだ安倍晋三の第4の矢を受け止める状況にない(Japan is not ready for the fourth of Shinzo Abe’s arrows)」は、消費増税を財政健全化に向けたアベノミクスの第4の重要な矢と定義づけるが、金融でアクセルを踏み財政でブレーキを踏む政策と評し、次のように慎重な対応を求める。なお、この記事は前回(第9回)寄稿で一部紹介した。

財政赤字が増大を続ける状況や安倍内閣の高い支持率という政治的環境から見て、今は増税を正当化する理由がいくつかある。だが、予定通り来年4月に消費増税を実施すると、財政政策が短期間の内に拡張から縮小に動き、かつ金融でアクセルを踏み、財政でブレーキを踏むという政策運営になる。安部首相はこうした政策を拡張的ではなく、「柔軟な」財政政策と呼んでいるが、こうした政策が正しいかどうかが問題だ。その一方で、2%のインフレ目標と1,2%の実質成長率を上乗せすると、名目で3−4%の成長率を達成したことになり、公的債務は矮小化され、より管理可能となる。増税はいずれ避けられないとしても、今がその時であるかを、安倍氏は時間をかけて熟慮すべきだ。

<増税反対論>

■課税基盤拡大のために成長性を高めよ

8月22日付ウォール・ストリート・ジャーナル社説「Japan's Misleading Tax Debate(日本語電子版:成長を置き去りにした日本の増税議論)」は、日本には消費増税よりも広範な改革が必要だと次のように論じる。

消費増税は、経済が増税の衝撃を吸収し得るほど堅調と首相が判断した場合にのみ実施されるが、それよりも増税の経済成長に与える衝撃が長期的に国家財政に及ぼす影響を心配すべきだ。1997年の消費増税が景気後退の原因と広く信じられているのは無理もなく、国民が増税の経済的悪影響を警戒するのも理解できる。議論の中心は、前回よりもうまく増税を乗り切れることが最近の経済データで読み取れるかどうかになっており、国際通貨基金(IMF)の健全財政重視派を含む外国の日本ウォッチャーは、これを日本の財政再建への熱意を試す戦いと見ている。だが問題は、消費増税賛成派がもう1つの財政目標――課税基盤拡大のために成長性を高める――よりも即時の税収増を優先していることだ。消費増税による経済的ダメージ相殺のために、米国に次ぎ高い世界第2位の法人税率を引き下げるという安倍首相の提案は評価できるが、財務省の増税賛成派の官僚たちが激しく抵抗している。彼らは法人税引き下げによる税収減を許容できる状況にないと考えているのだ。しかし、こうした均衡予算に取り付かれた人たちは、日本の長期的な財政の現実を理解していない。

以上のように述べた社説は、消費増税は老齢年金制度を安定させることになっているが、医療費はどの増税で賄うつもりなのかと問題提起し、年金制度や医療費の改革も必要だが、経済成長が欠かせないと再度強調する。

■息の長い経済成長を加速させよ

さらに、10月1日付同紙は社説「Abenomics Is Undermined by a Consumption Tax(日本語電子版:消費増税に邪魔されるアベノミクス)」で、安倍首相が1997年の教訓を無視して今回または消費増税に踏み切り、アベノミクスの第3の矢に対する逆風を作り出したと批判、財政出動や税金還付などの対策を抱合せているが、日本が財政の罠 から抜け出すには、息の長い経済成長を加速させるほかはないと概略次のように論じる。

安倍首相は消費増税を敢行すると決断したが、増税による影響を相殺する「景気刺激策」として公共事業や税金の還付に510億ドルを支出する計画も発表した。これにより安倍首相は、最近の前任者たちと同様に財務官僚とケインズ主義経済学の囚人であることを曝け出した。要するに、同首相の財政・経済に関する考え方は従来と変わらないのだ。消費増税により初年度に880億ドルの税収増が見込まれるが、日本の政府総支出はすでに国内総生産(GDP)の40%を上回り、債務残高も対GDP比で200%を超えている。景気刺激策を装った公共支出は、過去20年にわたって成果を上げていない。それでも安倍首相は増税と公共支出で日本に繁栄をもたらせると信じている。

日本は1997年に消費税を3%から5%に引き上げた。その際に起きたことは教訓となる。増税前の消費前倒しにより、経済は好調であるかに見えたが、増税後は消費が手控えられ、経済は1年余りのうちに3%も縮小するという景気後退に見舞われた。財務省はアジア金融危機の副産物として説明しようとしているが、当時の景気後退の71%は消費の3.5%減が招いたものだとエコノミストは見積もっている。しかも、消費増税は住宅市場も落ち込ませた。現在、日本経済は力を増しているようだが、デフレは克服されていない。エネルギーコストが上昇しているにもかかわらず、消費者物価の上昇率はゼロ%をかろうじて上回っているにすぎない。実質賃金は依然として下がっている。日本が自ら陥った財政の罠 から抜け出すには、息の長い経済成長を加速させるほかはない。安倍首相には新たな改革計画、「待望の第3の矢」で自らの経済プログラムを救うチャンスがまだ残されている。しかし、安倍首相は消費増税で新たな逆風を作り出してしまった。

結び

■成長戦略の貫徹を

以上、消費増税の決定に関する賛成論と慎重論、反対論を見てきた。賛成論は財政再建への第一歩になると積極的に評価するが、慎重論や反対論は1997年の消費増税の苦い経験を指摘し、慎重な対応や成長政策の重要性を強調する。ただし、アベノミクスに対する逆風を作り出したとの反対論の批判も、構造改革を含むアベノミクスに対する期待が前提になっている。また賛成論も、単に消費増税に賛同するだけでなく、経済の抜本的見直しやアベノミクスの「第3の矢」の実行を迫っている。その意味で、反対論も賛成論も、成長戦略の必要性に関する認識に変わりはなく、その貫徹を迫っていることを、ここで改めて強調したい。

■説明責任を果たした政府、今後の事態注視を

他方、政府は増税の可否決定に際し、経済が増税を受け入れられる状況にあるかどうかについて判断し説明する責任を負っていた。政府は、結論を得るまでに関係者の意見聴取のためにパネルを設置し、また主要経済データを慎重に点検、かつ世論や市場の動向を見極めて決断し、結果として世論や市場は増税の決定を一応平静に受け入れた。その意味で、政府は決断に当たり、今回はその説明責任を無難に果たしたと言える。問題は経済の実態が今後どのように動くか、そして、次に予定されている10%への消費税引き上げにどう対処するか、であろう。一つの問題として、消費増税と東京五輪の関係について、増税により回復途上の消費が粉砕されれば、東京五輪もまったく役立たずになる、との指摘がある。こうした問題を含め、事態の推移を十分注視し、迅速的確な対策を講じていくとともに、次回の消費増税に適切に対処することが政府の大きな課題となった。

( 2013年10月21日 / 前田高昭 )

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前田 高昭 / TAKAAKI MAEDA
日本翻訳協会会員、日本英語交流連盟会員、バベル翻訳大学院(USA)プロフェッサー
東京大学法学部卒。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東銀リース(株)に勤務。銀行では内外拠点で広く国際金融業務に従事。アジア、中南米、北米(ニューヨークに6年半)などに在勤。東銀リースでは中国、香港、インドネシア、フィリピンなどでの合弁企業の日本側代表、また国内関連会社の代表取締役社長を務める。リースは設備・機械・プラントなどの長期金融を業とし、情報機器、船舶、航空機などが代表例。現在はバベル翻訳大学院(USA)で国際金融翻訳講座を開講するほか、バベル社翻訳誌「リーガルコム」の「World Legal News」欄に毎号寄稿。同誌を承継したWEB版「The Professional Translator」に現在、定期寄稿中。訳書に「チャイナCEO」(共訳)ほか。米英ジャーナリズムのアジア、日本関連記事を翻訳、論評する「東アジア・ニュースレター」をメルマガに連載中。
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