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第9回 その後のアベノミクスと参議院選挙

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

参議院選挙が7月21日、投開票された。この選挙で自民、公明の与党陣営が圧勝し、非改選を含めて過半数の議席を確保、衆参のねじれ解消に成功した。選挙に至るまでに、アベノミクスの成長戦略第3弾の発表や、それまでの円安株高を一部修正する市場の動きなどが見られた。今回は、こうした成長戦略と市場動向、参議院選挙の結果に関する主要海外メデイアの論調をお伝えする。

まず、安倍首相は6月5日、アベノミクスの「第3の矢」となる成長戦略の第3弾(後注)を発表した。この成長戦略第3弾は、規制改革、国家戦略特区、インフラ整備、家計などを柱とし、一般医薬品のネット販売解禁、国際的なビジネス環境の整備、電力小売りの全面自由化や発送電分離、今後10年間で一人当たり国民総所得(GNI)の150万円増、外国企業の対日直接投資の倍増などを盛り込んでいた。しかし、この発表に対して市場はあまり反応を示さず、株価はむしろ下落した。

成長戦略に失望感

主要メデイアの成長戦略第3弾に対する論調も一部を除き、きわめて冷ややかだった。例えば、6月5日付ロイター通信は論説記事「アベノミクス効果、しぼむ(The Abenomics effect deflates)」で、アベノミクスが早くも効果を失ってきたとし、世界中の株価に悪影響が出てくるだろうと警告、特に、日本の5日の株価急落は、同日発表された成長戦略第3弾に対する失望が原因だと指摘した。さらに、目玉となった国民総所得(GNI)の年間3%増計画は道筋が漠然とし、国家戦略特区新設や医薬品のネット販売解禁なども迫力に欠け、この新規則制定に関する議論も秋までは行わないと宣言するなど、既得権益層との戦いに熱意が感じられないと批判、株価上昇を持続させるには構造改革が必要だが、その実現性が後退したようだと失望感を表明する。

また、6月7日付ワシントン・ポストは社説「日本の安部晋三の迫力に欠ける経済改革包括案(Japan’s Shinzo Abe underwhelming package of economic reforms)」で、農業問題や労働市場ルールへの対応、新しい取り組みか過去の構想の復活に過ぎないのかもわからない経済特区の構想などが問題だと指摘、第3の矢で示した構造改革への取り組み姿勢に市場が失望したのは当然だと批判する。ただし、社説は参議院選挙を控え、既得権益層への政治的配慮や、環太平洋経済連携協定(TPP)を推進する上である程度政治的余力を維持する必要があったとの理解を示し、第3の矢は不十分だが、未だ改革を通して繁栄を取り戻すとの公約を果たす可能性は残されていると述べ、参院選後の改革貫徹努力に期待を示す。

6月23日付フィナンシャル・タイムズは論説記事「アベノミクスから泡沫を少なからず吹き飛ばす(Blowing some froth off Abenomics)」の冒頭で、アベノミクスは始まる前に失敗したのか、と疑問を提起、国債、株式市場と円の異変は5月の国債金利の突然の上昇から始まり、これに5月22日のバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長の資産購入計画縮小発言が追い打ちをかけたと指摘する。予想より早いFRBの資産購入削減のリスクを恐れ、低利の円を原資とするキャリー取引が手仕舞われ、円が買われたことが主因だと述べる。また、高騰した日経平均株価も調整の時期に来ていたとし、円高も株安も長くは続かないだろうと予想する。

また構造問題として、以前は家計、今は企業にある過剰貯蓄を挙げ、これが需要の足を引っ張っているとし、巨額の現金がバランス・シートに存在すると、企業から起業家精神が失われ、競争力の喪失を招くと指摘する。その観点から、量的緩和もアベノミクスの迫力を欠く第3の矢も、さらには消費増税も問題を解決しないとし、鍵は企業統治にあると論じる。企業は株主ではなく、経営陣や従業員の利益を優先し、多額の現金の存在を心地よく感じる一方、多角化と称して不要な投資を行うなど、現金を株主に還元しようとしないと批判、日本企業の投資水準は米国と比較して極めて高いが、非効率でリターンも低く、アベノミクスは投資を奨励しているが、こうした構造的問題を悪化させるだけだと述べ、問題解決には、労働所得の対企業収益比率引き上げのための減価償却費税制圧縮や留保利益への課税などの法人税改革、経営者の株主に対する説明責任の強化と現金の株主への配分を容易にする統治改革が必要だ、と主張する。ただし、こうした施策は政策日程に上がっておらず、日本での既得権益層はきわめて強力で、改革には無力感が漂っていると指摘、アベノミクスの前途にはあまり期待できないと結論する。

以上、いずれの記事も成長戦略への失望感を示し、アベノミクスに対する期待を後退させている。その中でワシントン・ポスト社説が、参院選後の安部首相の改革への取り組みに期待を表明し、フィナンシャル・タイムズ記事が、民間、特に企業の過剰貯蓄や投資効率の低さ、税制、企業統治の問題などに踏み込み批判と提言を試みていることが注目される。

なお、最後に消費増税について論じた7月3日付フィナンシャル・タイムズ論説記事「(日本はまだ安倍晋三の第4の矢を受け止める状況にない)Japan is not ready for the fourth of Shinzo Abe’s arrows」を紹介したい。記事は、消費増税を財政健全化に向けたアベノミクスの第4の重要な矢と位置付け、慎重な対応を求めて次のように論じる。財政赤字が増大を続ける状況や安倍内閣の高い支持率という政治的環境にあるなど、今は増税を正当化する理由がいくつかある。だが、予定通り来年4月に消費増税を実施すると、財政政策が短期間のうちに拡張から縮小に動き、かつ金融でアクセルを踏み、財政でブレーキを踏むという政策運営になり、こうした政策が正しいかどうかが問題となる。その一方で、2%のインフレ目標の達成を優先させ、インフレを進行させれば、公的債務は縮小し、より管理可能となる。増税はいずれ避けられないとしても、今がその時であるかを、安倍氏は時間をかけて熟慮すべきだ。

アベノミクスを評価する意見

他方、こうした厳しい見方に対して6月9日付ニューヨーク・タイムズ論説記事「日本はモデルであり、警戒すべき国にあらず(Japan Is a Model, Not a Cautionary Tale)」(筆者は、ノーベル賞を受賞した米経済学者、ジョセフ・スティグリッツ)は、アベノミクスは疑いもなく正しい方向への巨大な一歩だとし、最近の株式市場での短期的な動きだけで読み誤ってはならないと擁護する。その証左として、2001年から2010年までの日本の労働人口(15歳から64歳まで)の一人当たり経済生産高伸び率は米、独、英、豪を上回っていたとし、また経済協力開発機構(OECD)の資料によれば、日本のジニ係数は現在0.33だが、米国は0.38と所得の不平等で日本が米国を下回り、児童の貧困率でも14.9%5と米国の23.1%を下回ると指摘する。他にも日本の強みとして長寿、大学卒業者の比率の高さ、低水準の失業率などを挙げ、日本は米国が模範とすべき国家であり、安部首相は、米国がはるか以前に実施すべきだった政策を実行していると評価する。

さらに、成長戦略の内訳は完全に肉付けされてはいないが、労働者、特に女性や健康な高齢者の労働参加を高め、一部には移民促進などの施策を含んでいると考えられると指摘、これらは経済成長と格差解消のために日本にとって不可欠の政策であり、とりわけ女性の労働参加率向上と経営職階への登用促進が必要だと主張する。ほかにも記事は、製造業中心の経済のサービス型経済への転換、人口の高齢化に伴う医療分野の効率向上、開発や教育への投資の必要性を訴え、そうした観点から、アベノミクスの第2の矢である財政出動は欠かせないと強調する。特に、インフラ、開発、教育への投資は将来、大きな配当金を生み出すと予言し、財政赤字は低成長の産物で、その反対ではないと指摘、また、金融緩和による円安効果にも容認の姿勢を示す。

そして、成長が上向けば、社会の平等性も増すとし、アベノミクスはこの成長と平等を狙った政策をすでにいくつか提示し、今後、より詳細な内容が形作られるだろうとし、とりわけ労働市場における男女平等の実現に向けた政策に期待を表明、米国に対して模範を示している日本のアベノミクスが半分の成功にとどまったとしても、米国にとっては教訓になると力説する。

以上、記事は日米を具体的な統計数値で比較し、日本は米国の先を行く模範とすべき国であり、アベノミクスは米政府も実施すべき政策を先に実行していると評価する。こうした見方はアベノミクス賛辞というよりも、むしろ米政府への批判と見るべきだと思われるが、アベノミクス全体に対する米側の一つの見方として注目される。

参院選挙後に高まる政権への期待と不安

7月21日に参議院選挙が実施されると、主要メディアは早速、選挙結果について一斉に論評を開始する。その詳細を述べる前に要約すると、概略次のようになる。

第1に注目されるのは、選挙での大勝により、安倍政権が第3の矢である成長戦略を推進できる態勢が整った、あるいは、安倍氏は改革を深化させる絶好の機会を得た、さらに、選挙は安部首相とその経済政策に対する強い信任投票になり、過去6年間続いた回転ドア政権に終止符が打たれた、と選挙結果を評価し、とりわけ成長戦略推進に対する期待が高まっていることである。

たとえば、経済成長の維持には高賃金、高コスト、高規制の改革が不可欠との指摘や、問題は安倍氏が選挙での勝利をどう活用するかだとの問題提起などとともに、選挙で圧勝した結果、安倍首相は最も重要な成長戦略を含むアベノミクス推進の大いなる機会を得たとし、今や農民などの主要な抵抗勢力も、不都合な政策であることを理由に押し返しにくくなったとの見方が提起されている。また、こうした抵抗勢力を排除する政治的梃子としてTPP活用を促す意見も多く、成長に及ぼす悪影響を懸念し消費増税に慎重な対応を求める見解とともに注目された。

さらに、憲法改正に賛成する少数野党が参院選で議席数を伸ばしたため、憲法改正問題が実現する可能性が高まったとし、安倍首相が憲法改正に拘り第3の矢が的にとどかない事態になれば、外国投資家が株式、債券市場から資金を引き揚げ混乱に陥ると警告し、安倍首相はアベノミクスに集中すべきだとの主張も見られた。また、低投票率、有権者の移り気な姿勢を挙げ、安部人気も簡単に萎む可能性があるとし、アベノミクスは未知数で、すべてがこれからだと指摘する意見もあった。

第2に、そうした成長戦略の中身として、日本経済の対外開放、自由貿易推進、雇用市場や土地、農業の改革、小売業の規制緩和などとともに、TPPの活用と労働市場の拡大、消費増税圧力の排除などが挙げられている。特に、不可欠とされる労働市場や農業部門の構造改革には、これに反対する既得権益との戦いが予想され、安倍政権が乗り切れるかどうかに不安を示す見方も多い。オバマ米大統領が年内締結を目指すTPPが、こうした改革に対する政治的援護になるかもしれないとの指摘も見られた。

第3は、安倍首相の外交政策の問題である。安倍氏は選挙の勝利により右翼的外交政策も信任を得たと理解すべきではないとの警告や、日本の最も重要な交易相手である中国との貿易に支障をきたさないように安倍首相は先の大戦の傷に塩を塗るような行為は避けるべきだとの主張、さらに、「安倍維新」による成長促進が国家安全保障に最も寄与するとの指摘や、平和憲法改正の動きに関連し、安倍氏はこうした近隣諸国に論議を引き起こす問題で政治的資産を費やすべきではないとの提言などが注目された。

また、地域の安定には健全な日米同盟が欠かせず、日本経済の繁栄と、日本と米国のアジア同盟国との良好な関係が不可欠との意見も見られ、対中関係について、中国は日中首脳会談を阻んできた領有権紛争を会談の前提条件から取り除き実現に合意すべきだとの主張や、今がロシアとの関係改善の絶好の機会だとの提案も注目された。さらに、安倍政権が経済政策から国防や外交政策重視へと脱線する可能性もあるとし、自民党政権が憲法改正に手を付けると、中国のみならず韓国との確執がさらに高まるとの懸念も広く見られ、その観点から8月の安倍首相による靖国参拝の動向に注目する意見も多かった。

主要メディアの論調の詳細は、次の通りである。

7月21日付ウォール・ストリート・ジャーナルは社説「安倍改革の幕開け(Abe's Reform Opening)」で、今や第3の矢と呼ぶ規制改革をいかに強力に推進するかが問題になったと述べ、その内容として、競争促進のための自由貿易を通す対外開放の推進、労働者の採用・解雇の制約緩和、小売業などの国内カルテル撤廃、土地利用関連の法改正による開発促進、法人税削減などを挙げる。予測不可能なリスクとして、ナショナリスト的外交政策を挙げ、尖閣諸島をめぐる中国との紛争、憲法改正問題などに触れた上で、経済に集中するのが賢明だとし、成長促進が国家安全保障に最も寄与すると提言する。そして、何はさておき安部維新(Abe Restoration)には、経済改革が求められていると強調する。

以上のようにウォール・ストリート・ジャーナル社説は、第3の矢の重要性を訴え、自由貿易、対外開放、労働市場、小売業、土地利用、法人税などの問題を提起、成長促進が国家安全保障に最も寄与すると強調する。この主要紙の先陣を切った社説は、その後の主要メディアの論調を代表するような内容になっていると言えよう。また、経済改革推進の象徴として、「安倍維新」という造語を用いたのも注目される。

7月22日付ニューヨーク・タイムズも社説「日本の機会とリスク(Opportunity and Risk in Japan)」で、勝利は安部首相とその経済政策に対する強い信任投票になり、過去6年間続いた回転ドア政権に終止符を打ったと述べるが、右翼的外交政策も信任を得たと理解すべきではないと戒める。その上で、日本が経済成長を持続させるには、その高賃金、高コスト、高規制の改革が必要だとし、そうした改革の遂行に必要な国内での支援獲得の梃子としてTPPの活用を説き、労働市場に新たな活力を注入し、急増する年金支払いにも役立つ外国人労働者の拡大や、財政タカ派からの消費増税圧力にも抵抗すべきだと提言する。日本の最も重要な交易相手である中国との貿易も絶やしてはならないとし、安倍首相は先の大戦の傷に塩を塗るような行為を避けるべきだと主張する。

22日付ワシントン・ポストも社説「安倍晋三は改革を深化できるか(Can Japan 's Shinzo Abe deliver on deeper reforms?)」で、問題は安倍氏が参議院選挙での勝利の機会をどう活用するか、だと指摘、その上で同氏は改革を深化させる絶好の機会を得たとし、エコノミストらは、少子高齢化が進むなか、労働市場と農業分野での構造改革が持続的成長に不可欠だと主張するが、強力な既得権益層がこれに反対していると懸念を表明する。その上で、オバマ米大統領が年内締結を目指すTPPは政治的な援護になるかもしれないと述べ、さらに、安倍首相は原発の再開や集団的自衛権の発動を可能にする平和憲法の改正などを進めるかもしれないが、特に後者について、近隣諸国の論議を呼ぶと見られ、こうした問題で政治的資産を費やすべきではないと主張、地域の安定には健全な日米同盟が必要であり、それには日本経済の繁栄と、日本とアジアにおける米国の同盟国との良好な関係が欠かせないと強調する。

22日付英エコノミストも、安倍首相は成長戦略に焦点を絞って政権運営を行うべきだと次のように論じる。安倍首相は、問題含みだが最も重要な第3の矢である成長戦略を含むアベノミクス推進の大いなる機会を得た。この成長戦略は供給サイドの構造改革で、日本が絶対に必要とする改革だ。これに抵抗する農業部門なども、安倍首相が選挙で圧勝した結果、不都合な政策であることを理由に押し返しにくくなった。他方、与党の一角を占める公明党は、現行憲法を維持する考えだが、憲法改正に前向きな日本維新の会とみんなの党が善戦したこと、および安倍政権が閣僚ポストを用意するなどで公明党の説得に成功することもあり得るので、国会で3分の2以上の多数の賛成を必要とする憲法改正問題が視野に入ってきた。このため関心が第3の矢から離れてしまう可能性が出てきたことが懸念される。

記事は以上のように述べた上で、安倍首相の過去の右翼的な言動に触れた後、8月15日に靖国参拝をするかどうかが一つの焦点になると指摘する。さらに、安倍首相が憲法改正に拘って第3の矢が的にとどかない事態になれば、外国投資家の失望を招き、株式、債券市場で売りが殺到するだろうと警告、アベノミクスに集中すべきだと主張する。また、安倍人気は簡単に消滅する可能性もあるとし、理由として、参院選の低投票率と、自民党から民主党へ、そしてまた自民党支持へと変わった有権者の移り気な姿勢を挙げ、アベノミクスも今は大歓迎されているが、すべてはこれからだと指摘する。

今回の選挙の対外的意義について、7月22日付フィナンシャル・タイムズは社説「安倍と世界(Abe and the world)」で、自民党の勝利には日本を超える意味合いがあると指摘、次のように論じる。日本の指導者はこれまで回転ドアのように変わり、米国のオバマ大統領は沖縄基地や環太平洋経済連携協定(TPP)などの問題で交渉をまとめられなかった。中国も次から次へと変わる民主党の指導者に対し、具体的な話を持ち込むことに慎重だった。しかし、皮肉にも中国は今や、民主党ほど友好的でないタカ派の政権とかかわらざるを得ないことになった。実際、中国は首脳会談を阻んできた島嶼の領有権紛争を同会談開催の前提条件から取り除き、その実現に合意すべきなのだ。世界経済第2位と第3位の両国関係が凍結されたままでは済まされない。

最も興味をそそられる問題は、ロシアとの関係である。おそらく今が、第2次世界大戦を終結させる両国間の平和条約締結を阻んできた領土紛争を解決する最善の機会だ。両国に極め付きのナショナリストとして信頼された強力な指導者が登場した。国内の保守勢力と対決し、領土問題で譲歩できる指導者は彼らをおいて他にいない。今は、千載一隅の機会だ。

同日付ビジネス・ウイークは、中国の動きに焦点を当てた記事「日本の選挙、中国を騒がす(Japan's Elections Rattle China)」で、今回の選挙の最大の敗北者は中国だと次のように報じる。選挙が自民党の勝利に終わった今、中国は対決を強める姿勢に転じたようだ。政府系の中国日報は、領有権問題だけでなく、経済政策についてもアベノミクスを近隣窮乏化政策として攻撃し、安倍首相は、日本を近隣諸国から孤立させ国際的な孤児にする挑発的姿勢を取り続けている、と非難する。安倍政権が経済政策から国防や外交政策重視へと脱線する可能性も指摘されているが、自民党政権が憲法改正に手を付けると、中国のみならず同じく領有権紛争を抱える韓国との確執がさらに高まる。その観点から8月に安倍首相が靖国参拝を行うかどうかが注目される。

結び

以上、その後のアベノミクスと参議院選挙結果に対する主要メディアの論調を見てきたが、選挙に対する反応は、「回転ドア政権に終止符」という表現に要約されていると言えよう。参議院選挙の勝利により安倍政権が安定し、成長戦略の貫徹に専念することを期待している。ただし、安倍政権が右翼的姿勢を強めることに警戒感を深め、近隣諸国、とりわけ中韓との関係がさらに悪化することに懸念を示し、国家主義的な外交政策よりも経済に注力すべきだとし、それが日本の国家安全保障に最も貢献すると主張する。

こうした経済を最優先にすべきだとの提言は、アベノミクスに対する国民の期待が選挙の最大の勝因であることを考えると、今回の選挙で示された国民の総意を反映していると言えよう。主要メディアは、日本の有権者は移り気で、安部人気もいつ消滅するかわからないと指摘する。その人気を維持する要諦は、メディアが指摘するように、既得権益層との激しい戦いに打ち勝ち、アベノミクスの第3の矢を貫徹することである。人気は雲散霧消し易いとの警告を、安倍政権と与党連合は肝に銘じる必要がある。

その意味で、消費増税に慎重な対応を求めるメディアの論調も注目される。増税は財政再建に必要かもしれないが、健全な財政は、健全な経済に宿る。先ず、経済を立て直すことが、財政再建に不可欠である。経済に多少の明るさが戻ったとしても、時期尚早の財政再建策は脆弱な景気回復の芽を摘んでしまう。この教訓は、1997年の橋本政権の経験で十分学んだはずである。政権の死命を制しかねない問題であるだけに、メディアの警告は貴重である。

また、主要メディアは、参院選挙は日本を超える意義があると指摘し、中国のみならず、ロシアや韓国との関係改善の必要性を強調、参院選挙の大勝がその好機をもたらしたと提言する。特に、ロシアとの国交正常化を阻む北方領土問題の解決の好機という指摘は説得力があり、政府与党の積極的な行動が期待される。韓国との関係改善も急務であることは言を俟たない。高まる北朝鮮の核の脅威には、米韓と緊密に連携し、中国やロシアを巻き込み対処するほかはない。

メディアは、日本で回転ドア政権が終了し、ようやく交渉相手となる政権が誕生したと歓迎する。確かに、今後3年間は選挙の必要がない。だが、この期間こそ、政府・与党の命運を決する重要な時期である。海外メデイアが未知数と指摘したアベノミクスの真価が問われる、まさにアベ・レストレイション(安倍維新)にとって試練の時期になる。

(注)6月5日付ロイター通信は、 安倍首相が5日、都内で講演し、政府の成長戦略第3弾を発表したと報じ、これまでに発表した成長戦略の第1弾と第2弾を含む骨子を以下の通り伝える。

◎第1弾
<健康長寿社会・再生医療・創薬>
・最先端の医療技術開発へ「日本版NIH(国立衛生研究所)」創設へ
・再生医療へ細胞培養などを外部委託できるよう法案準備
・薬事法に基づく承認審査期間の大幅短縮へ薬事法改正案を今国会に提出
・民間第三者機関による医療機器の認証を認め審査のスピードアップ図る
・医療機器メーカーの認可制を登録制に緩和、中小企業の参入を促す
<労働政策>
・労働者の能力向上で「労働移動支援助成金」を大幅に増額
・お試し雇用を支援する「トライアル雇用制度」拡充
・資格を取得する若者向けに「自発的キャリアアップ制度」創設
<育児支援>
・認可外保育施設は将来の認可を目指すことを前提に支援
・「待機児童解消加速化プラン」を用意。保育所の待機児童ゼロへ13年度、14年度の2年間で20万人分の保育の受け皿を整備。2017年度までに40万人分の保育の受け皿を確保する
・3年育休を推進する企業への助成金創設を検討
◎第2弾
<インフラ輸出・イノベーション支援>
・「インフラシステム輸出戦略」で2020年までに現在の3倍の30兆円に増加
・イノベーションへのチャレンジ支援で規制・制度改革
・「ビッグデータ」ビジネス普及へガイドライン作成
・自動車の自動走行実験などを進め、「実証先進国」目指す
<民間設備投資促進>
・今後3年間を「集中投資促進期間」に。税制、予算、金融、規制改革、制度整備などあらゆる施策を総動員
・昨年63兆円だった設備投資をリーマン・ショック前の水準の年間70兆円規模に回復
・リース手法を活用、最先端設備の投資を促進
<農林水産業>
・農産物・食品の輸出を倍増、1兆円規模拡大
・生産から加工、販売まで手掛ける「6次産業化」を進め、現在1兆円の市場を10年間で10兆円に拡大
・農地集積など構造改革
・農地の中間的な受け皿機関を創設。農地所有者から土地を借り受け担い手に貸し付けるスキームを構築
・農業・農村の所得倍増
・「農林水産業・地域の活力創造本部」を設置
<クールジャパン>
・訪日外国人旅行者増加へ査証発給要件を緩和
・放送コンテンツ輸出を5年後までに現在の約3倍に拡大、海外での放送枠確保へ官民ファンド創設
◎第3弾
<規制改革>
・インターネットによる一般医薬品の販売を解禁
・健康食品の機能性表示を解禁
・保険外併用の適用となる「先進医療」の審査機関を半減、最先端の医療技術は速やかに「先進医療」と認定し保険外併用の範囲を拡大
・農地集積バンクへの取り組みを強化、農地利用電子マップを整備
<国家戦略特区>
・新しく「国家戦略特区」を創設
・国際的なビジネス環境整備へ、外国人医師が日本で医療できるよう制度見直し
・街の中心部での居住を促進するため容積率規制を緩和
・「国家戦略特区」に聖域はなし
<電力システム改革>
・小売りを全面自由化、発送電分離
・電力システム改革へ向けた法案を国会提出
・今後10年間の電力関係投資は過去10年の実績の1.5倍の30兆円規模に
・石炭火力発電の高効率化を進め、環境アセスメントの運用見直し
<インフラ整備>
・コストを抑え、安全性向上を図る「インフラ長寿命化計画」を今年秋にとりまとめ
・PPP、PFIの活用で、インフラ整備の公的負担軽減
・今後10年で過去10年の実績の3倍の12兆円規模のPPP/PFI事業を推進
<家計>
・一人あたりの国民総所得を10年後に150万円増やす
<その他>
・2020年に外国企業の対日直接投資残高を2倍の35兆円に
・10年間で世界大学ランキングトップ100に10校ランクイン

( 2013年07月30日 / 前田高昭 )

※記事の無断転用・掲載は、厳禁する
前田 高昭 / TAKAAKI MAEDA
日本翻訳協会会員、日本英語交流連盟会員、バベル翻訳大学院(USA)プロフェッサー
東京大学法学部卒。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東銀リース(株)に勤務。銀行では内外拠点で広く国際金融業務に従事。アジア、中南米、北米(ニューヨークに6年半)などに在勤。東銀リースでは中国、香港、インドネシア、フィリピンなどでの合弁企業の日本側代表、また国内関連会社の代表取締役社長を務める。リースは設備・機械・プラントなどの長期金融を業とし、情報機器、船舶、航空機などが代表例。現在はバベル翻訳大学院(USA)で国際金融翻訳講座を開講するほか、バベル社翻訳誌「リーガルコム」の「World Legal News」欄に毎号寄稿。同誌を承継したWEB版「The Professional Translator」に現在、定期寄稿中。訳書に「チャイナCEO」(共訳)ほか。米英ジャーナリズムのアジア、日本関連記事を翻訳、論評する「東アジア・ニュースレター」をメルマガに連載中。
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