HRI
 トップページ > コラム > > 第8回 安倍政権とアベノミクスご利用に際して個人情報保護方針 
トップページ
書籍
イベント
一橋総研とは
リンク
お問い合わせ
ご注意
コラム コラム
※記事の無断転用・掲載は、厳禁する
前田高昭の【海外メディアで読む論点・原点】

第8回 安倍政権とアベノミクス

コラム一覧に戻る プリント用のページを開く このコラムを知人に知らせる
Page 1 of 1
写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

 昨年12月の衆議院選挙から3か月余りが過ぎた。海外の主要英文メディアも、選挙とその後に成立した安部政権の動向に早くから注目し、様々な論評と報道を繰り広げ、今も続いている。主要な論点は当初、政治の右傾化と経済の脱デフレ対策であったが、3か月経った今は、とりわけ安倍政権の経済政策、いわゆるアベノミックスへの関心が強まっている。ここでは、まず選挙と政治の右傾化に関する論調の概略を紹介し、その後、アベノミクスに対する見方を取り上げる。後者については、要約を最初に述べ、次いで詳細を見ていきたい。

選挙に対する見方 概略

 主要英文メディアは今回の選挙について、有権者にとって支持政党がないのも仕方がない残念な選挙で、候補者が尤もらしい解決案すら示せない惨状を呈していると評し(昨年11月25日付ウォール・ストリート・ジャーナル社説)、大半の有権者は支持政党を決めかねており、自民党の優勢も民主党への幻滅が主因と論じる(12月8日付エコノミスト誌)。安倍氏の復活の主因として、民主党の失政の他に尖閣諸島をめぐる中国との紛争や積極的なデフレ対策を挙げ、選挙結果については、日本とその米中両国や近隣諸国との関係にとって幅広い潜在的意味を持つと総括する(12月9日付フィナンシャル・タイムズ)。

右傾化する日本

 主要紙は、まず尖閣諸島の領有権をめぐる日中の対立に深い懸念を示し、戦争の可能性にすら言及する(12月16日付フィナンシャル・タイムズ)。国民の80%が中国に非友好的感情を抱く状況のなかで日本維新の会が台頭し、国家主義的な一匹狼のメッセージで政界を震撼させているとし、新右翼の台頭が平和主義を維持してきた日本のあり様を変え、アジアの安保情勢を不安定化する可能性があると指摘する(12月17日付米タイム)。また、安倍氏の行き過ぎた右寄り姿勢は、軍事同盟を結ぶ米国にも厄介な問題を引き起こすだろうと警告し、安倍首相は日韓関係を緊張させる重大な過ちを犯そうとしていると述べ、戦時の犯罪を否定し村山談話などの内容を希薄化する行為は近隣諸国を激怒させ、北朝鮮核計画に共同対処する上で不可欠な地域協力を脅かすと批判する(12月19日及び1月2日付ニューヨーク・タイムズ)。ただし、安部氏の側近は、イデオロギー上の問題よりも、経済問題に注力すべきだと助言していると伝える(12月16日付フィナンシャル・タイムズ)。

 その一方で、安部首相は主戦論者ではなく、また国民は、前回の首相時代に対中関係を改善させた安倍氏が中国と事を構えるとは考えていないとの反論も登場する。12月18日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、日本は自国の防衛ができる普通の国になるべきだとし、日本の防衛費は過去10年間で縮小したが、中国では二桁台で増加しており、防衛費増額が安倍政権の喫緊の課題だと主張する。具体的には、軍事予算を国内総生産(GDP)の1%以内に抑えるとのガイドライン撤廃や、武器調達の方法の見直し、自衛隊の海外派遣にかかわる一般法制定、集団的自衛権の問題に結論を出すことなどを提示する。

アベノミクスに対する見方

(1)金融政策について

〕很

 安倍政権の金融政策については、2−3%の物価目標は日銀の独立性を冒さずに達成可能な政策とし、その「リフレ」路線に株式や為替市場が反応したという点で一定の成果を上げたなどと評価する見方が多い。ただし、バランス・シート不況の下では金融緩和政策は効果を発揮できない、あるいは、借入需要がない現状ではマネーサプライを増やしてもデフレを抑制できない、さらにはインフレ実現には過激な政策が必要だ、などの指摘があり、経済再生には規制改革や貿易自由化の方がケインズ学派やマネタリストの処方箋よりはるかに効果的とする意見や、構造改革の欠落、少子高齢化、低生産性などの問題を抱える日本経済を救済できるかは疑問だとの否定的意見も見られた。また、円安は貿易、経常収支を圧迫し、円からの逃避を招く恐れがあるなどの警告や、構造改革は既得権益層と結び付く自民党には難しいとの見方、消費増税はなるべく回避すべきだ、日銀新総裁は企業に収益性向上を促すべきだなどの意見も注目された。

⊂楮

 以下に詳細を日付順に見ていく。12月16日付ウォール・ストリート・ジャーナルは社説「日本の古くて新しいタカ派(Japan's New Old Hawk)」で、安倍政権は日本銀行の国債購入により調達した資金でインフレを起こすとしているが、マネーサプライがすでに莫大な額に膨らむなか、借入需要が過小なためデフレを抑制できていないとし、経済再生には規制改革や貿易自由化の方がケインズ学派やマネタリストの処方箋より遥かに効果的だと主張する。しかし、そうした政策は既得権益層と結び付く自民党には期待できないとし、ひとつの慰めとして、経済情勢の好転が条件とされている消費増税を、その解釈余地を生かして極力回避すべきだと主張する。

 12月17日付フィナンシャル・タイムズ社説「もう一度機会を勝ち取った安部晋三(Shinzo Abe wins another chance)」は、自民党勝利の一因は中国との領有権紛争にあるが、新首相は経済問題に注力すべきだと主張、安倍氏が日銀に提案する2−3%の物価目標は日銀の独立性を冒さずに達成可能な優れた政策で、これを推進して成長回復と脱デフレを強力に促進する人材を日銀総裁に選ぶべきだと提言する。ただし、その一方で社説は、インフレ対策は万能薬でなく、規制改革を推進し、エネルギーコストの引き下げや新分野での投資と雇用の開拓が必要だと主張、インフレには、預金資産の減価、国債金利の上昇、賃金労働者の生活水準低下リスクなどの副作用があるが、ほかに妥当な対策はないと論じる。

 2月6日付ウォール・ストリート・ジャーナルは論説記事「(Abenomics Is Bad Medicine)」(筆者はオリエンタルエコノミスト誌の編集長リチャード・カッツ氏)で、次のようにアベノミクス批判論を展開する。貨幣を印刷するだけでは、経済を浮揚できない。アベノミクスは、一時的な救済策に過ぎない。デフレの原因は慢性的な需要不足にあり、日本は長期にわたる国内の民間需要を必要とする。消費需要の低迷は、所得が増えないためだ。実質賃金は低下を続け、貯蓄のリターンも事実上ゼロだ。消費増税が実現すれば、所得は減少する一方になる。自民党は、消費増税の前に、納税者番号導入による脱税者の削減や、見せかけの農地に対する税率の引き上げ、農地の効率利用を促進する自由化措置に取り組むべきだ。

 2月23日付フィナンシャル・タイムズは論説記事「アベノミクスは日本救済には不十分(‘Abenomics’ is not enough to rescue Japan)」(筆者は香港主席特派員ヘニー・センダー氏)で、黒田新総裁は量的緩和を積極的に推進すると見る投資家が大半だが、懐疑的な投資家もいると述べ、構造改革の欠落、少子高齢化、低生産性、中国や韓国との競争などの問題を抱える日本経済を量的緩和の強化で救済できるかと疑問を提起する。また、円安は原材料やエネルギーを輸入に頼る日本には恩恵とは到底言えず、福島原発事故後にエネルギー輸入が増え、貿易収支や経常収支を圧迫していると警告する。

 また、2月24日付同紙は社説「安倍氏の次の施策(Abe’s next steps)」で、安倍氏の「リフレ」路線は市場が反応した点で一定の成果を上げたとし、日中間の領土問題では事態の悪化を避け、訪米も順調にこなし、支持基盤である農業団体を離反させずに環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加へ前進したと評価する。その上で次の施策として、日銀総裁に物価上昇率2%の目標達成に全力を尽くす人物の指名、経済再生計画の3本目の柱である構造改革の推進、TPP参加を挙げる。特にTPPにより、日本は国内市場開放でより厳しい競争にさらされる一方、輸出の拡大が見込め、農業、医療、エネルギーなどの分野で規制を撤廃できれば、生産性向上が期待できると強調する。

 さらに、3月3日付同紙は社説「日本の金融変革始まる(Japan’s monetary upheaval arrives)」で、インフレ目標の達成には、無制限の外債購入、国債発行による財政赤字の補填の拡大、もしくはリスクの高い市場性金融商品の直接購入など大胆な政策が必要だと指摘、インフレ期待の高まりが、とりわけマイナスの実質金利を伴った場合、外国投資家のみならず国内居住者による円からの逃避を招きかねないとの懸念を示す。円の崩壊は短期的には、輸出ブームを引き起こすかもしれないが、その場合、他中銀も過激な金融緩和に動き、輸出刺激効果は希薄化され、外国から近隣窮乏化政策だと非難されるだろうと警告する。

 次いで3月4日付同紙は、「日銀、万事は株主資本利益率に。(Bank of Japan: all in a RoE)」と題する論説欄記事で、日銀新総裁の任務は企業の株主資本利益率(RoE)を向上させることだと次のように論じる。新総裁は、相対的に低い企業の効率性を問題視すべきだ。東証株価指数(TOPIX)のトップ200社の平均株主資本利益率はわずか9%と、米企業は無論のこと韓国のライバル企業よりも低い。また、 支払金利前税引前利益(EBIT)も過去20年間、低下している。クレディ・アグリコルによれば、日本企業はブレークイーブンとなる為替レートを過去4年間、毎年6円も切り上げてきたが、利鞘と資産利益率は一貫して低下してきた。以上のように指摘した記事は、インフレ回帰は、投資のための借入を促し、株主資本利益率の向上に役立つとし、経営トップも利益率低迷の原因について認識を深めるべきだと提言する。

 さらに、3月18日付同紙は論説記事「金融緩和だけでは日本を救えない(Monetary easing alone will not fix Japan)」(筆者は野村総合研究所の主任エコノミト、リチャード・クー氏)で、アベノミクスの3つの柱は理窟に合った施策だと次のように論じる。日本では1990年のバブル崩壊により民間部門は巨額の債務を背負い、債務の削減と財務内容の健全性回復が至上命題となり、ゼロ金利下でも債務返済に走った。財務内容は2005年までに回復したが、借入の回避は続いた。現在、日本の民間部門は国内総生産(GDP)の9%の貯蓄を保有する。この数字は米国で7%、英国で4%、そしてスペインでも8%に達し、各国企業は利益の最大化よりもバランス・シートの強化を優先している。行動は正しいとしても、誰もが同じ行動に走れば、バランス・シート不況と呼ばれるデフレ・スパイラルを生み出す。こうした状況では、日銀や米連邦準備理事会、欧州中銀による量的緩和策も奏功しなかった。以上のように論じたうえで記事は、後述のように、アベノミクスには財政出動や構造改革からなる第2,3の柱が準備されており、理屈に会った政策だと評価する。

(2)財政政策について

〕很

 財政出動は、国内総生産(GDP)の2倍以上の公的債務を抱えるなか、危険な賭けであり、構造問題に対応しない短期的施策で構造改革が必要だとの指摘や、国債バブル発生の危険があり、中銀の独立性はデフレ退治には不要かもしれないが、出口政策のインフレ退治には不可欠だとの主張、さらには、財政出動の乗数効果は過去においてゼロだったとの指摘など悲観的な見方が多かった。その一方で、正しい方向への第一歩と歓迎、特に被災地福島の復興と教育、社会福祉向けの公共支出、投資優遇税制の導入などを評価する論調も見られた。

⊂楮

 以下、詳細を日付順に見ていく。1月11日付フィナンシャル・タイムズは論説記事「日本の最新の景気刺激策(Japan’s latest stimulus)」で、10.3兆円の公共事業計画について国内総生産(GDP)の2倍以上の公的債務を抱えるなか、危険な賭けであり、構造問題にも対応していない短期的施策だと批判、企業収益の向上や少子高齢化による需要減に有効な別の対策が必要だと主張する。

 これに対し1月13日付ニューヨーク・タイムズは社説「最近時の日本の資金投入策(Japan’s Latest Economic Transfusion)」で、緊急経済対策を正しい方向への第一歩と歓迎、特に被災地福島の復興と教育、社会福祉向けの公共支出、投資優遇税制の導入などを評価する。

 2月3日付フィナンシャル・タイムズは「日本の経済的実験の問題点(The problems with Japan’s economic experiment)」と題する論説記事(筆者はJPモルガン証券チーフエコノミスト菅野雅明氏)で、財政規律と日銀の独立性の問題について論じ、次のように警告する。安倍政権はGDPの2%に相当する規模の補正予算を組み、日銀がそれをファイナンスすることになり、新総裁は無制限の資産買い入れを宣言する模様だが、政策委員会の審議委員は14年のインフレは精々0.9%程度(消費増税は除く)と見込む。そうなれば政府は公共支出の増加を狙って国債の発行を増やすため、国債バブル発生の危険がある。中銀の独立性はデフレ退治には不要かもしれないが、出口政策のインフレ退治には不可欠だ。

 また、既述の2月23日付同紙の「アベノミクスは日本救済には不十分(Abenomics’ is not enough to rescue Japan)」は、次のように悲観的見方を強調する。財政支出計画の発想に問題があると言えそうだ。財政出動の国民所得の増加に対する乗数効果は過去においてゼロだった。これは建設業などの既得権益層の要請に応じたためだ。高齢化社会を考えれば、道路よりも老人ホームを造るべきだ。これは、サービス部門の育成にも役立ち、退職者の貯蓄インセンティブを減らすことにもなる。しかし、それには、政治日程にも載っていない移民を必要とすることになるかもしれない。円安の結果、インフレを引き起こすのに成功しても、賃金の上昇がインフレのペースに追い付かない可能性があり、そうなると内需はもっと低迷するだろう。

 さらに、既述の3月18日付フィナンシャル・タイムズ論説記事「金融緩和だけでは日本を救えない(Monetary easing alone will not fix Japan)」は、次のように論じる。GDPとマネーサプライの縮小を防止する唯一の解決策は、最終的な借入人となる政府が民間部門に積み上がった貯蓄を借り入れ、民間部門で支出することである。日本はこの方策を通じてGDPとマネーサプライをバブルの頂点時を上回る水準に維持してきた。米国でも1933年以降、民間が借入をまったく増やさないなか、GDPとマネーサプライが急増したのは、ルーズベルト大統領の下で政府が支出を拡大したためだった。

(3)成長戦略について

〕很

 経済再生には構造改革を中核とする成長戦略が欠かせない、とする論調が圧倒的に多い。具体案として、規制改革の推進、生産性の向上、エネルギーコストの引き下げ、新分野での投資と雇用の開拓、少子高齢化による需要減への対処、労働力の非生産的な製造業への偏在の是正、エネルギーや医療技術などの成長分野への人的資源の供給、移民の増加対策、企業収益の向上、非効率な企業の整理など幅広い提案と問題が提起されている。企業が積み上げた利益剰余金を活用し、国民に恩恵を享受させるべきだとの主張や、過剰な民間貯蓄がデフレの真因だとして構造改革を支持する見方も注目された。安倍首相がTPP交渉参加を決断したことに関連し、米政府の後押しを求め、対日通商関係で80年代に米国が見せたヒステリックな反応を戒める論調も見られた。

⊂楮

 以下に詳細を日付順に見ていく。既述の1月13日付ニューヨーク・タイムズ社説は、経済再生には財政出動だけでは不十分で構造改革が必要だと指摘、特に、労働力の非生産的な製造業への偏在是正、負債を抱えるゾンビ―企業の整理、エネルギーや医療技術などの成長分野への人的資源の供給と合法的な移民の増加策が必要だと訴える。

 2月5日付フィナンシャル・タイムズは論説記事「企業収益よりも国民を大事に(Japan can put people before profits)」(筆者は同紙コラムニスト、マーチン・ウルフ氏)で、企業が積み上げた利益剰余金を活用し、その恩恵を国民に享受させることが肝要だと次のように主張する。日本でのデフレの真の原因は、過剰な民間貯蓄、つまり、企業が投資をせずに利益剰余金を巨額に積み上げている構造にある。それには民間需要の弱さに着目した構造改革を実行し、投資を減少させないで利益剰余金を削減することが必要だ。その方法は、賃上げ、企業統治改革や法人税改正による株主への利益分配の拡大と税収の増大だ。特に内部留保の大半を占める減価償却引当金の引き下げが必要だ。

 また、既述の2月6日付ウォール・ストリート・ジャーナルの論説記事「アベノミクスは誤った薬(Abenomics Is Bad Medicine)」は、構造改革の必要性について次のように論じる。生産性の向上も避けて通れない。労働力が減少するなか、成長の源泉は生産性を上げるほかはない。製造業の生産性が米国の30%にとどまるなど、多くの分野で劣後している。世界標準に追いつくだけで、日本は飛躍的に成長できるはずだ。企業改革も必要だ。非効率企業を退出させ、優良企業と置き換えることだ。反トラスト法の執行強化や不健全企業同士の合併統合の停止、そしてTPP参加も前向きの施策である。だが、政治家は構造改革がもたらす雇用喪失を恐れている。それ故に社会安全網の整備が必要だ。健全なマクロ経済的刺激策も、経済の回復促進と構造改革のもたらす苦痛を緩和する上で有用だが、安倍氏はこの鎮痛剤を改革回避に用いている。

 さらに、既述の3月18日付フィナンシャル・タイムズ論説記事「金融緩和だけでは日本を救えない(Monetary easing alone will not fix Japan)」は、金融緩和策に過剰な期待は持てないとしても、アベノミクスは借入人不在の問題に対し、財政出動と構造改革という第2と第3の柱で用意しているとし、次のように論じる。成長の持続には、最終借入人として民間部門が公的部門と交代する必要があり、アベノミクスは、投資税額控除などの優遇税制導入により対処しようとしている。また、成熟した日本経済には規制緩和と市場開放による投資機会の拡大が必要であり、第3の柱である構造改革が欠かせない。安倍首相がTPP交渉参加を決断し、側近を経済産業省幹部で固めたのは、安倍氏の構造改革に対する本気度を示す。構造改革はミクロ経済と関連し、この分野を直接所管する省庁が詳細かつ的確な施策を打ち出せるからだ。総合的に判断すると、アベノミクスは筋が通っている。

 なお、TPP交渉参加に関連して、3月16日付ワシントンポストは社説「対日自由貿易取引の恩恵(The benefits of a free-trade deal with Japan)」で、日本のTPP参加は経済面だけでなく、政治的にも日米同盟の強化に役立つとして、政経両面の視点から日本のTPP交渉参加を歓迎する。同時に、80年代の対日バッシングに言及し、これは米側のヒステリックな反応であったと批判したうえで、今回の対日TPP交渉では、こうした短絡的で感情的な議論を避けなければならないと強く戒めている。

(4)円安動向について

〕很

 安倍政権が発足する前後から、円安が始まり現在も進行している。こうした急激な円安に対する論議は、とりわけ2月中旬に開催された主要20か国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議の前後に高まった。円安はそもそも長続きせず、深追いは禁物などの見方がある一方で、円安は通貨戦争を引き起こし有害との見方が中国や韓国を含む各国の政策当局から示された。しかし、G20会議では円安は通貨安政策のためではなく、日本の脱インフレ政策の結果だとの見方が大勢を占め、表立った円安批判は回避された。主要メディアからも今のところ批判的な論調は見られない。

⊂楮

 以下に詳細を見ていく。1月4日付ウォール・ストリート・ジャーナル「Yen's Dive Not All That It Seems(日本語電子版:現在の円安進行は本物か)」は、過去3か月間で円安ドル高に振れた原因として、新政権による大胆な金融緩和政策への期待、それに伴う円の妙味の剥落、米景気の回復と米連邦準備理事会(FRB)による金融緩和策の後退観測、世界的なリスク感覚の変化を挙げ、日米間の金利格差によるドル買いが復活したと指摘する。しかし、日本が大胆な金融緩和策を実施する保証がないこと、給与税の減税打ち切りなどを織り込んだ財政の崖回避法案による米景気の鈍化懸念、それによるFRBのハト派的施策の再強化、さらにはユーロ圏危機の再燃や中東情勢の緊迫化の可能性などを挙げ、円安は長続きしないかもしれず、深追いは禁物だと主張する。

 1月22日付フィナンシャル・タイムズは、日銀は国内の政治圧力に屈して国債を場合によっては無制限に購入すると約束、これに対して独メルケル政権陣営の幹部はG20の支援を得て日本が方針を変えるよう促すと語り、キング英中銀総裁も世界の主要国による通貨切下げ競争の可能性に懸念を示したと報じる。同日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、ドイツ連邦銀行のバイトマン総裁が日本による過度に積極的な金融政策の推進による為替レートの「政治化」に懸念を表明、政府が中銀の任務に大きく介入し独立性を脅かしていると指摘したと伝える。1月26日付ロイターは、世界経済フォーラムに参加した韓国銀行の金仲秀(キム・ジュンス)総裁が、日銀の金融緩和政策はあまりにも性急で効果に疑問があると述べ、為替相場に大きな変動を引き起こし、通貨水準に影響を及ぼすと批判したと報じる。

 こうした状況のなか、日本の指導者が突然、行き過ぎた円安は経済に有害だと発言し、円高に一時ストップがかかる。この動きについて1月21日付ビジネス・ウイークは「通貨戦争、円安に踊る円は弱すぎてもいけない(Currency Wars. Japan's Currency Dance: Weaken the Yen ―But Not Too Weak)」と題する記事で、日本の指導者は円安を肯定的に見ていないようだと指摘、安倍のアドバイザーである浜田宏一は、政策当局が物価を上げて円に影響を与えようとしているが、行き過ぎるようであれば、止めさせなければならないとし、1ドル=110円のレベルは円安に過ぎると主張、また甘利経済担当相も、行き過ぎた円安のリスクに言及していると報じる。これは米大手自動車会社、ビッグ・スリーを代表する業界団体など円安を批判する米財界に対する日本の政策当局の回答ではないかと述べ、何らかの外圧が働いていると思われる、とのドイツ銀行香港による主任エコノミストのコメントを伝える。

 こうしたなか、2月15日からG20財務相・中銀総裁会議が開かれる。これに先立つ2月1日、開催国ロシアのストルチャク財務次官は、日銀に大胆な金融緩和を迫る日本政府の政策について、国際社会に冷静な対応を呼びかけ、会議では主要テーマとはならないとの見方を示す。さらに、2月11日にはブレイナード米財務次官(国際担当)も、アベノミクスをデフレ克服と経済活性化に向けた努力として支持を表明、こうした雰囲気のなか、G20では円安批判は回避される。しかし、3月に入り中国投資有限責任公司(CIC)の高西慶・総経理が、円安を進める日本は隣国をゴミ箱のように扱っており、通貨戦争を始めれば、自分も傷つくと批判したと3月6日付ウォール・ストリート・ジャーナルが伝える。

 以上のように円安批判が各国政策当局や業界団体などから提起されたが、主要メディアからの批判はあまり見られない。これは安倍政権の脱デフレ政策を支持するエコノミストが多く、円安が脱デフレに有効と見ているためと思われる。1月23日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、アベノミクスに関するエコノミストに対する聞き取り調査によれば、21人中の15人(71%)が経済に有益、5人が大差なし、1人が有害、と答えたと報じている。今後、主要メディアからも批判の声が高まってきたら、円安批判が本格化してきたと言えるかもしれない。

(5)その他の論調

 12月21日付ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版記事「安倍新政権は日本を暴走させない―ハーバードのジョセフ・ナイ教授に聞く」は、知日派として著名なハーバード大学教授ジョセフ・ナイとのインタビューで、日本国内に盛り上がるナショナリズムの主因は長く続く経済の低迷にあるとする同氏の見解を次のように伝える。(日本のナショナリズムが)暴走するとは思わない。これは、軍事的ナショナリズムではなく、低経済成長という問題に反応する形でのナショナリズムである。中国では、日本が攻撃的な軍事的ナショナリズムに陥っているという声も聞かれるが、そうではない。興味深いのは、安倍氏が、第1次政権下でのように、ナショナリズムを支持しながらも、中国や韓国と地に足の着いた関係を保てるかどうかだ。経済が上向けば、楽観主義が戻り、日本にとって最も健全な状況となるだろう。

 また、1月13日付ニューヨーク・タイムズはプリンストン大学教授で同紙コラムニストのポール・クルーグマンによる論説記事「歩み出す日本(Japan Steps Out)」で、経済が長く低迷する先進諸国の中で、あろうことか、政策余地が最も限られていたと思われる日本で、安倍政権が伝統的経済政策を打破する政策を打ち出し、その群れから離れ始めたと述べ、経済の低迷を先導してきた日本が、他の先進諸国に先駆けて低迷脱却の模範を示すことに期待を表明する。

むすび

 以上見てきたように、アベノミクスに関する主要メディアの論調には、金融緩和や財政出動については賛否両論がある。金融緩和の拡大強化は経済再生の必要条件だとしても十分条件ではないであろう。また、巨額の公的債務を抱えるなかの財政出動も、明らかに限界がある。各メディアが規制改革や貿易の自由化の必要性を説き、成長戦略が重要だと主張するのは当然と言える。そこでは雇用、賃金、エネルギー、医療、生産性、企業収益など広範な分野の問題が提起されている。いずれも重要な命題である。安倍首相のTPP交渉参加の決断も、その関連で評価されて然るべきだろう。特に、既得権益層の抵抗を排して推進するよう強く求められていることに留意すべきだ。また、インフレ退治の出口政策には日銀の独立性が不可欠との意見も注目に値する。こうした主要メディアの指摘や提言には、迫力と熱気が溢れている。そこには、今度こそ日本と新政権が直面する課題に正面から挑戦し、そのために未知の政策領域に踏み込み、先進諸国の中で真っ先にデフレと低迷から抜け出すのではないかとの期待が込められている。

 また、主要メディアは、安倍政権の登場と政治の右傾化に懸念を示した。政治の右傾化は、あるとすれば、国内の沈鬱な雰囲気、特に長引く経済の低迷が生み出した挫折感と閉塞感が背後にあると思われる。そこか抜け出そうとする屈折した情念が根底にあるのではないか。その意味で、日本のナショナリズムは軍事的なものではなく、長引く経済の低迷という問題に反応する形でのナショナリズムだ、とのナイ教授の指摘は的を射ており、アベノミクスは現在の日本の政治的状況にも対応した施策と言えよう。主要メディアが伝えるように、安倍首相の側近がイデオロギーよりも経済が重要と進言しているとすれば、方向として正しい助言である。右傾化の問題は、とりわけ参議院選挙で自民党が勝利した場合、安倍政権が今後、どのように進めていくかを注視していく必要があろう。(2013年3月29日)

( 2013年03月29日 / 前田高昭 )

※記事の無断転用・掲載は、厳禁する
前田 高昭 / TAKAAKI MAEDA
日本翻訳協会会員、日本英語交流連盟会員、バベル翻訳大学院(USA)プロフェッサー
東京大学法学部卒。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東銀リース(株)に勤務。銀行では内外拠点で広く国際金融業務に従事。アジア、中南米、北米(ニューヨークに6年半)などに在勤。東銀リースでは中国、香港、インドネシア、フィリピンなどでの合弁企業の日本側代表、また国内関連会社の代表取締役社長を務める。リースは設備・機械・プラントなどの長期金融を業とし、情報機器、船舶、航空機などが代表例。現在はバベル翻訳大学院(USA)で国際金融翻訳講座を開講するほか、バベル社翻訳誌「リーガルコム」の「World Legal News」欄に毎号寄稿。同誌を承継したWEB版「The Professional Translator」に現在、定期寄稿中。訳書に「チャイナCEO」(共訳)ほか。米英ジャーナリズムのアジア、日本関連記事を翻訳、論評する「東アジア・ニュースレター」をメルマガに連載中。
 バックナンバー
■第1回 政府・日銀による6年半ぶりの円売り為替介入について
■第2回 「日本化」懸念と「日本症候群」に見る日本の課題
■第3回 東日本大震災と日本経済
■第4回 東日本大震災と日本の政治
■第5回 米国のアジア回帰と環太平洋経済連携協定―日本に求められているもの
■第6回 東日本大震災から1年を経た日本の政治と経済
■第7回 ロンドン銀行間取引金利の不正操作問題―その概要と展望
■第8回 安倍政権とアベノミクス
■第9回 その後のアベノミクスと参議院選挙
■第10回 東京五輪と消費増税
■第11回 緊迫する東シナ海情勢と日中、米中関係
■第12回 消費増税とアベゲドン
■第13回 米連邦準備理事会の出口戦略 ―注目される政策金利引き上げの道筋
■第14回 追加金融緩和から衆議院選挙まで −真の審判は総選挙後へ
■第15回 安倍首相の訪米と米上下両院合同会議での演説 −隠れたテーマは求心力を増す中国
■第16回 世界を震撼させた人民元の連続切り下げ−新G8発足のとき
■第17回 米連邦準備理事会(FRB)の金融政策−金融正常化の動きの現状と展望
TOP PAGEこのページのいちばん上へ
ご利用に際して個人情報保護方針 Copyright (c) 2002-2019 Hitotsubashi Research Institute. All Rights Reserved.