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前田高昭の【海外メディアで読む論点・原点】

第2回 「日本化」懸念と「日本症候群」に見る日本の課題

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写真は、文意と関連なく、季節の風景を入れています。ロード毎に変わりますのでこちらもお楽しみ下さい。

かつて「英国病」という言葉がメディアを賑やかしたことがある。1960年代以降の英国が陥った経済の低迷を評した造語であった。その後、英国はサッチャー政権の大胆な改革などにより低迷から抜け出した。80年代後半のバブルが崩壊した日本経済についても、90年代の「失われた10年」、あるいは、バブル崩壊後から今日にいたる「失われた20年」と言われて久しい。英国が英国病を治すのに20年を要したが、日本は20年を失って、ますます深みにはまっているように見える。

他方、経済の回復が遅れ、失業率が9%台の異例な高水準で推移している米国で、米経済が日本に似た状態に陥るのではないか、という懸念が最近、高まっている。11月の米中間選挙で茶会党運動が盛り上がり、民主党が大敗した一つの背景に、こうした懸念があったと指摘されている。米欧メディアもバブル崩壊後の日本の体験について改めて論じ、日本経済の長期低迷を「日本化(Japanification)」、さらには「日本症候群(Japan syndrome)」などと呼び始めた。まさに「英国病」を思い起こさせる不名誉な造語だが、一連の報道には重要な指摘や提言が含まれている。先ず、主要報道を見てみよう。

最近の例として、「米国に反響する日本の苦境(U.S. Hears Echo of Japan’s Woes)」と題する10月29日付ニューヨーク・タイムズ(NYT)の記事がある。同記事は、日本政府が1997年に消費税を3%から5%へ引き上げた経緯を報じ、これにより脆弱な回復途上にあった日本経済は、金融崩壊の危機にさらされ、いまだ抜け出せていない長期の停滞に陥ったと伝える。米当局は日本の体験を学び、日本のようになること、すなわち「日本化」は避けると自信に溢れていたが、米景気の回復は弱く、最近はそうした確信も揺らいできたとし、バーナンキ連邦準備理事会議長は量的緩和第2弾(QE2)を導入するとともに、財政による新たな景気対策の必要性にも言及していると報じる。ただし、技術革新を繰り返し、ショック療法や創造的破壊を恐れない米国は、日本と文化的、政治的に異なり、最終的に日本化は避けられるだろうと楽観的に結んでいる[注1]

米経済の前途を楽観視する上記記事とは逆に、日本経済と同様の罠にはまりそうだと警告する見方も出ている。日本でも著名な米プリンストン大学のP.クルーグマン教授(08年のノーベル経済学賞受賞者)は、コラムニストを務めるニューヨーク・タイムズの6月27日付記事「第3の恐慌(The Third Depression)」で、29年の大恐慌の際も33年に景気は一時的に回復したが、それで終わらなかった。同様に、リーマン・ショック後の世界経済は各国の金融緩和と赤字覚悟の財政出動で昨年夏に終了したと見られるが、これで第3の大不況が終わったことにならなかったと後世の歴史家は指摘するのではないか、と概略次の通り警告する。

「世界は現在、1873年の長期大不況と1929年の大恐慌に次ぐ第3の大不況の初期段階にある。主因は政策の失敗にある。米国では、失業率、特に長期失業率はつい最近までは破局的といわれた高水準に高止まりして低下の兆しはなく、欧州では、当局が大恐慌時のフーバー大統領の主張そのままに増税と支出削減が経済を拡大させると述べている。米欧は日本型のデフレの罠にまっしぐらの状況にある。米国では連邦準備理事会がデフレの危険に気づいているようだが、実際には何もしていないに等しい。オバマ政権は時期尚早の緊縮財政の危険を理解しているが、州政府への追加支援に対する議会の反対により、予算削減という形で州と地方政府レベルでの緊縮財政政策が始まろうとしている。長期的な財政責任は重要だが、不況の只中での支出節減は不況を深刻にしてデフレへの道を開き、まさに自滅的だ」

以上のような指摘の中で、特に「長期的な財政責任は重要だが、不況の只中での支出節減は自滅的だ」という主張が注目される。さらにクルーグマン教授は10月10日付ニューヨーク・タイムズに発表した「小さな政府よ(Hey, Small Spender)」でも、この問題を取り上げている。米オバマ政権はいまだ財政面での景気刺激策を実行に移すにいたっていない、したがって、財政支出は雇用を創出せず、景気刺激にならないとして大きな政府を批判するのは、大間違いと断じている。

他方、11月15日付ワシントンポストの論説記事(筆者は同紙コラムニストのロバート・サミュエルソン)「いかに日本経済の過ちを避けるか(How to avoid Japan's economic mistakes)」は、90年代の「日本の失われた10年」の体験を分析し、デフレの危険性が指摘される米経済に必要な政策は、民間企業(private firms)の活力を引き出すことで、財政刺激策や金融緩和ではないと概略以下のように主張している。

日本の経済不振には主因が二つある。一つは、『二重経済』である。高効率の輸出部門(トヨタや東芝のような)と、それを相殺する活力の劣る国内部門である。80年代までは、日本は輸出主導の成長に依存して雇用を創出し、投資を行ってきた。過小評価された円が、これを後押しした。しかし、80年代半ばの円切り上げが、日本の輸出価格を引き上げ、こうした輸出戦略を頓挫させた。以後、日本は輸出に代わるものを見つけ出していない。低利の金融や多くの「改革」も十分ではなかった。国内部門は硬直したままで、カルテルや政府の規制で守られることが多かった。日本の起業率は主要先進国の中で最低水準にある。

第2の原因は、高齢化し減少する人口である。これが国内支出の足を引っ張っている。すでに89年に出生率(一人の成人女性が産む子供の平均数)は1.57に低下し、人口を維持するに足る約2を下回っていた。経済の低迷により家族計画を考える意欲がいっそう萎えて行った。低賃金と雇用不安の中、子供はコストがかかり過ぎると見られるからだ。男子の初婚年齢は90年の27歳から35歳へ高齢化し、出生率は1.3程度になった。

以上のように述べた後、記事は、こうした罠に陥った日本経済には、財政出動や金融緩和は一時しのぎの麻薬であり根本の解決策にならなかったと指摘[注2]、これが日本から学ぶ教訓であるとし、経済的成功の鍵は民間企業にあると主張する。さらに、米経済は日本より活力と柔軟性に富むが、規制の重圧や政策の混乱により企業の信頼感や事業拡張意欲が損なわれており、政府や議会が認識を改めて事態を変えなければ、回復途上の米経済は日本の二の舞を演じかねないと警告している。

11月18日付英エコノミスト誌の社説「日本の将来、日本症候群(The future of Japan The Japan syndrome)」は、上記記事が第2の要因として指摘した少子高齢化の問題に焦点を当てる。副題で、日本が世界に示す最大の教訓は高齢化が成長を蝕む影響の問題だ、と述べ、日本は、この縮小し高齢化する労働力を再活性化するために劇的な処置を取らないと経済は苦難に沈むが、これまでのところ問題に正面から取り組んでいない、と批判する。

さらに、そうした状況を「気が若い(Young at heart)」と表現し、経済の病は歳月とともに歪む人口構成でさらに複雑化することに日本は気付いていない、と警告、3つの理由で日本の没落は解決不可能になる恐れがあると警告する。第1は、労働年齢人口の減少による経済の縮小と生活水準の低下、公的債務の負担増、第2に、社会保障費を支える現役労働者の減少による年金、医療などの制度崩壊の危機、第3に、人口減による内需の減退、それに伴う企業の投資意欲の低下と雇用の悪化を挙げる。

また、エコノミスト誌は、少子高齢化が欧州諸国の一部や韓国、中国、台湾などの近隣諸国でも起き始めており、日本の取り組みが注目されていると指摘する。日本が正しく対応すれば、世界の模範となるが、失敗すれば、「恐怖の警告」を世界に発することになるだろう、と指摘する。

解決策として、女性と定年退職者の活用、移民の受け入れ、生産性の向上を提案する。そして、女性や定年退職者の職場復帰を促すには、女性には職場差別の撤廃、定年退職者には在職中の年金受領を可能とすることを挙げ、また、生産性の向上は困難な仕事としつつも、高齢者の自宅介護などのサービスの販売や高齢者の貯蓄運用利回り向上のための金融自由化などの規制緩和、国内市場の競争推進などを提示、日本の階層的な企業組織に見られるような文化的タブーの克服[注3]と強い政治的指導力が必要だとしている。

結び

以上のような主張や指摘は、日本が抱える問題への対策と同時に、日本がおかれた現在の立場を示唆している。そして、日本が世界に向かって何を発信すべきか、を明示しているのである。日本が抱える問題、すなわち、長期の経済低迷から抜け出すための助言や指摘については、先ずニューヨーク・タイムズ記事がある。記事が述べる、ショック療法や創造的破壊を恐れず技術革新を繰り返す米国スタイルは、まさに主要先進国の中で起業数が最低とされる日本が学ばなければならないことだろう。また、民間企業の活力を引き出すことが重要と訴え、規制の重圧や政策の混乱が、企業の信頼感を損ない事業拡張意欲を奪っているというワシントンポスト記事の提言や指摘は、米経済だけでなく、まさに今の日本に当てはまる。エコノミスト誌の少子高齢化問題に対する警告と対策への助言も示唆に富んでいる。特に、文化的タブーへの挑戦や政府の指導力の重要性は指摘されるまでもないだろう。

日本が過去の体験と将来に抱える問題を踏まえて、世界に向かって何を発信すべきか、も明示されている。日本流の財政出動と金融緩和が効果を発揮できなかったことは、ワシントンポストが主張する通りである。だが同時に、ニューヨーク・タイムズが述べるように、日本の早すぎた財政出口政策が金融危機とその後の財政負担の肥大化を招いたことも教訓になるはずである。クルーグマン教授の第3の世界大不況への危惧は、「失われた20年」を体験中の日本こそ、その体験を白日の下にさらして世界に警告すべきことではないか。さらに、少子高齢化の最先進国である日本は、後続する諸国に対し適切な模範を示すべき立場にある。対応を誤れば、日本症候群が重症化するだけでなく、世界に対してまさに「恐怖の警告」を発信することになるのだ。

「日本化」や「日本症候群」などという不名誉な造語は、今なお長期停滞から抜け出せない日本経済に対して生まれるべくして生まれたとも言える。もはや日本には、かつての英国のように捨て身で臨むほかに逃げ道はない。不名誉な診断を下された日本は、退路を断たれたのである。だが、メデイアは、こうして日本を追い詰めながら、解決策も提示、示唆している。陽はまた昇るべきだ、というメッセージを暗黙に発信していると筆者には思える。陽が沈まんとしている日本に対し、力強い再生を期待しているのである。その意味で、日本は過去の体験と将来に抱える課題という視点から、世界に向けてメッセージを発信すべき立場におかれたのである。過去の体験とは、言うまでもなく「日本化」の問題であり、将来の課題とは「日本症候群」に表現された少子高齢化への対処である。日本は過去と将来の複眼的視点から世界に貢献すべき立場におかれているのだ。

( 2010年12月25日 / 前田高昭 )

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前田 高昭 / TAKAAKI MAEDA
日本翻訳協会会員、日本英語交流連盟会員、バベル翻訳大学院(USA)プロフェッサー
東京大学法学部卒。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東銀リース(株)に勤務。銀行では内外拠点で広く国際金融業務に従事。アジア、中南米、北米(ニューヨークに6年半)などに在勤。東銀リースでは中国、香港、インドネシア、フィリピンなどでの合弁企業の日本側代表、また国内関連会社の代表取締役社長を務める。リースは設備・機械・プラントなどの長期金融を業とし、情報機器、船舶、航空機などが代表例。現在はバベル翻訳大学院(USA)で国際金融翻訳講座を開講するほか、バベル社翻訳誌「リーガルコム」の「World Legal News」欄に毎号寄稿。同誌を承継したWEB版「The Professional Translator」に現在、定期寄稿中。訳書に「チャイナCEO」(共訳)ほか。米英ジャーナリズムのアジア、日本関連記事を翻訳、論評する「東アジア・ニュースレター」をメルマガに連載中。
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